異国の街の闇ギルド
次の日、俺はニーナを連れてナシームの裏街を訪れていた。
冒険者ギルドや武具屋と言った街の表の顔を過ぎ、路地を抜けると怪しげな酒場や密造魔道具なんかを販売しているガラクタ屋が通りに並ぶ。土地勘はないと言っても、街というのは概ね似たような構造をしているから、少し歩けば街のどこに裏の顔があるのかわかるものなのだ。
そして裏街を歩くほどに、半月刀をぶら下げた闇ギルド所属らしき男たちが増え、異端者の姿も目につき始める。そんな物騒な街をしばらく探索してから、俺は足を止めた。「ニーナ、目的の場所についたぞ」
俺たちの視線の先にあるのはこの裏街の中で一際大きな建物。入り口には「サイード商会」という看板が掲げられている。建物近くには腕に刺青が彫られた屈強な体の男が三人。彼らは通る人々を鋭い眼光で睨みつけていた。
「サイード商会? ドン、ここって……」
「ああ、この街の裏社会を牛耳る闇ギルドの屋敷だ。彼らにこの街のこと、さらには聖騎士グレン・ディースとの接触方法を聞こうと思ってな」
「だってドン、昨日はこの街の闇ギルドに目をつけられないようにしなきゃって言ってたのに」
「状況が変わったんだよ。シア・セイレンの依頼を成功させるためにはなりふり構っていられないってことだ」
シア・セイレンの目的は明確だ。それは太陽の民の怒りを収め、ベルナール伯爵および聖騎士団と和睦を結ぶこと。
そのためにはグレン・ディースに捕まる王都聖騎士団所属の聖騎士達が処刑される前に解放し、これ以上の対立を避けなければならない。
そして俺には表立って動けないシア・セイレンに代わり、和睦へ向けての手助けをしてほしいと依頼書には書き記されていた。
端的に言って難易度の高い依頼だ。
まず第一に、俺はこの街のことをほとんど知らない。街の有力者、ベルナール聖騎士団の組織体系、影の実力者は誰なのか、そうした知識がまるでないのだ。
王都であればソフィア・グレイシャーに尋ねれば、的を得た答えが返ってくるがここではそうもいかない。
さらに、聖騎士を捕縛した太陽の民たちは広大な辺境地帯を常に移動しており、彼らがどこにいるかはシア・セイレンすらも把握できていないと言う。当然、囚われた聖騎士がどこにいるかもわからない。
タイムリミットは聖騎士が処刑されるという次の新月の夜。つまり残された時間は十日ほどしかないのだ。というわけで苦肉の策ではあるが、この街を熟知しているであろう闇ギルド「サイード・ファミリー」を訪れたというわけだ。
俺はニーナに言った。
「それに、せっかくだし、同業者に挨拶しておくのも悪くはないだろう。長く滞在することになりそうだからな」
不思議そうな顔をするニーナを連れて、俺はサイード商会の建物に近づいていく。
一歩進むごと連中の視線が俺たちに集まるが、ニーナの存在のせいか大して警戒はされていないらしい。俺が彼らの前に立つと、男の一人が面倒くさそうに言った。
「おいお前、余所者だろう。親切心で教えてやるがよ、この通りはガキを連れてウロウロしていい場所じゃねぇぞ。さっさと消えな」
「いや、今日はあなた方に用があってきたんだ。サイード商会の、そうだな……、頭取であるシーク・サイードと面会したい」
三人は怪訝な表情を浮かべた。「紹介状は?」
「持っていないな」
「はぁ? 紹介状がなきゃお前なんかにうちのボスが会うわけねぇだろうが。冷やかしなら相手を間違えているぜ」
男は腰の三日月刀を抜いた。「もう一度言う。さっさと消えな」
「まぁ話を聞け。ミチーノファミリーのトップ、ドン・ミチーノが挨拶をしにきたと言えば理解してもらえるはずだ」
男は一度きょとんとしてからバカにしたように言った。
「はぁ? ドン・ミチーノって言ったら王都の裏社会を束ねる超大物じゃねぇか。お前、頭がおかしいんじゃねぇのか?」
そして男の三日月刀が俺の喉元に触れる。「俺たちはよ、お前のつまらない冗談に付き合っている暇はねぇんだよ。もう一度、俺の前でその臭い口を開いたら、首を掻き切り、その娘はガキ好きの変態貴族にでも売り飛ばすからな」
実に想像通りのリアクションだ。ただ、このチンピラとのおしゃべりに貴重な時間を費やしている暇はない。
ここは俺の素性を理解してもらうため、彼らにも分かりやすい「動作」と「言語」で接する必要があるらしい。
「先に俺に刃物を向けたのはお前だからな」
男は吐き捨てるように言った。
「次に口を開いたらどうなるかは言ったよな!」
刃が俺の喉元を切り裂こうとしたその刹那、俺は三日月刀を奪い、地面に投げ捨てた。その途端、残りの男が三日月刀を抜くが、俺は手早く腹部に拳を叩き込み、二人を地面に這いつくばらせる。そしてスキル「殺気」を発動しながら言った。
「舐めた口をきかないでもらいたいな、チンピラ。もう一度言う。シーク・サイードに伝えろ。ドン・ミチーノが挨拶をしに遠路はるばるこのクソ田舎まで出向いてきたとな」
次第に目の前のチンピラの表情から血の気が引いていく。
「ま、まさか、本物のドン・ミチーノ、様のわけ、ないですよね……あのカポネファミリーを屈服させたという……」
「さっきから丁寧に名乗っているだろう。早くしてくれないか、時間がないんだ」
男はヒェッと小さく悲鳴を上げながら、まるで猫に睨まれたネズミのように屋敷の中に駆け込もうとするが、腰が抜けているようで地面に倒れ込んでしまった。そして這いつくばりながら屋敷に入り、「ボ、ボ、ボス! ド、ド、ドン・ミチーノ様が! い、いらっしゃってます!」と声を上げた。




