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太陽の民

 夜のナシームに警鐘が鳴り響く中、シア・セイレンたちが去った客室で、今しがた聞いた話を思い返していた。


 若き族長シア・セイレンの口から聞かされた話は、王都新聞に書かれていたこととは全く異なるものだった。王都新聞では太陽の民の族長であるシア・セイレンが蜂起の首謀者だと書かれていたが、その実は聖騎士が辺境民の一部を駆り立て、聖騎士団を襲わせたのだという。

 シア・セイレンは人々を説得し、押さえ込もうと試みたものの、長年受けた迫害の恨みは激しい怒りと変わり、濁流のように太陽の民を飲み込んだ。


 小さな暴動が蜂起と発展し、ついには派遣された王都聖騎士団の部隊を捕縛するに至る。


 俺はシア・セイレンが置いていった映し絵を手に取った。


 洞窟のような場所で裸同然の三人の女聖騎士に奉仕させるベルナール聖騎士団所属の男の名はグレン・ディース。確か、ベルナール聖騎士団の有望な若手ということで、王都聖騎士団には留学という形で訪れたと記憶している。


 俺の記憶ではグレン・ディースの留学はそれほど華々しいものではなかった。それは当然のこと。ベルナール聖騎士団の有望株といえど、エリート揃いの王都聖騎士団では体力的にそうやっていけるものではないからだ。

 

 彼も修練場で王都聖騎士団の強者にいつも打ち負かされ、よく一人でポツンと座っていた。俺も手を合わせたことがあったが、王都聖騎士団には入団できるかも危うい実力だった。


 その男が、足元にも及ばなかった王都聖騎士団の女聖騎士に破れた聖衣を着せ、女の金に輝く髪を引っ張りながら、淫らな行為を楽しんでいる。

 時折グレン・ディースは女を両腕に従えながら、地面に這いつくばる男の聖騎士に執拗に蹴りを入れる。それはまるで過去の恨みを晴らしているかのように。

 

 グレン・ディースは次の新月の夜、シア・セイレンと婚姻し、正式に太陽の民の長となる計画を立てているという。彼はうまく民の長老たちを丸め込み、長のシア・セイレンでさえそれを拒否することはできないそうだ。その婚姻の場で、太陽の民は捕まえた聖騎士たちを処刑することになるともシア・セイレンは言った。


「あなたも察していられるようですが、我々太陽の民を操ったのはグレン・ディースただ一人の仕事ではないということです。もっと大きな別の力が背後で蠢き、我々を破滅の道へと駆り立てている、私はそう判断しています」

 

 それは当然のことだ。辺境の民を操って王都聖騎士団の部隊を捕縛するなんて、一人の男にできることではない。

「この男のバックにいるのは誰なんだ?」


「ベルナール聖騎士団内部の複数の人間が関わっている事実は掴めてます。もちろんさらに上の誰かが糸を引いていることは間違いないことですが」


 これが王都の問題であれば土地勘で、ある程度誰が黒幕にいるか分かりそうなものだが、異国にあってはそれも掴めない。

 シア・セイレンは奇妙なことを口にした。


「東の都の王、つまり王都の国王陛下は病に伏せられていると聞きます。王位継承は滞りなく進むとあなたは考えておられますか?」


 その質問には簡単に答えることはできない。レイモンド王子が不在とも言える今の状況下で王位が誰に渡るかは判然としてないからだ。

「一つ言えるのは、聖女セシルが誰につくかで王位継承権の争いは決着する」

 

 その時、街の騒音にさらにけたたましい警鐘の音が加わった。外ではベルナール聖騎士団所属の聖騎士が忙しなく動き始めている。彼らの動きを見ればすぐに分かる。警戒体制が敷かれたのだ。シア・セイレンは残念そうに首を振った。


「もしかしたら私たちの動きが勘付かれたのかも知れません。言うまでもなく、私は自由に行動ができる身ではありません」


 シア・セイレンは書簡をテーブルに置いた。


「これはすぐに焼き捨ててもらって構いません。ただ、もし依頼を引き受けてくれるというのなら、お読みください。依頼内容が記されています」


 そしてシア・セイレンは椅子から立ち上がってから「本来であれば宴を開き、礼を尽くさなければならないところなのですが」と言って、後ろの二人の男と共に地面に膝をついた。

「かつてこの地を治めた太陽の民の末裔として、王の訪問を歓迎いたします」


 その言葉と共に三人の姿は消え、程なくして気配はナシームの街に消えて行った。



 あれから半刻経ったが、シア・セイレンたちは上手く逃げおおせただろうか?この警戒体制だ。詳しくは聞けなかったが命を賭して俺に会いに来たという言葉は事実に違いない。


 それにしても、俺は相変わらず未熟な人間だ。


 王都では膨大な量の仕事が俺を待っている。それなのにこんな面倒ごとに関わろうとしている自分がいる。その理由は分かっている。


 シア・セイレンの話を聞いている間、若くして組織の頂点に祭り上げられ、苦悩する幼馴染の姿が何度も頭をよぎった。あの頃の俺は下っ端の聖騎士に過ぎず、セシルのそばにいるくらいのことしかできなかった。


「ドン、眠らないの?」


 考え事をしていると、街が騒がしいせいか、眠っていたニーナが体を起こしてふあぁとあくびをした。

「明日からまた旅だからベッドで眠れない。ドンもたくさん寝た方がいいよ」


 俺は書簡を開きながら言った。

「いや、計画変更だ。もう少し長くこの地に滞在することになるらしい」

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