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戻っては来ない時間

 リリーから聞いた夢幻世界から現実に戻る方法は極めて明瞭だ。眠りから覚ましたい人物に接触した状態で覚醒すればいい。リリーのスキルに干渉されない俺は他の人々よりも眠りが浅いので、いつでも目を覚ますことができる。要はセシルの手を握って覚醒すればいいのだ。


 だが今の状況はそんな簡単なことすら、難易度が高い。俺とセシルの手と手が触れた瞬間、巨獣スピノーの拳が振り落とされる。俺とセシルは互いの手を離し、咄嗟にその一撃を空中で避けた。


 その一打と共にカポネの異端者の視線が一斉に俺に向く。全員が全員、目を見開いていた。そして次第にその目の玉にはありありと憎悪の色が灯り始める。カポネの異端者の一人が声を上げた。


「あの男こそがグリッツ兄貴を殺したレオン・シュタインだ! 今こそ血の報復を!」


 異端者の声と共に、俺に向けて一斉に火炎や氷の矢が放たれ、巨獣のスピノーは大きな拳を天空から一気に振り落とす。そう、グリッツを捕縛して以来、レオン・シュタインの顔でカポネの連中と相対すのはこれが初めてなのだ。

 

 動きが制限される空中にあっては流石に全てを避けきれない。俺はキルケの魔壁スキルを発動してから、体を捩らせ、スピノーの拳だけをなんとか避ける。続いて火と氷の矢が俺を襲い、大部分は魔壁が弾いてくれたが、何本かの矢は俺の腕に突き刺さった。


 地面に降り立ち、矢を引き抜くと、腕に光が灯り、傷口が塞がっていく。


 俺は咄嗟にセシルを見上げて言った。

「セシル! それ以上聖術を使ってはいけない!」


「だって傷が!」


 セシルの性格から言って、目の前で傷ついている人間を放ってまで自分を守るなんてことはできない。今も、セシルは倒れている聖騎士たちに治癒の聖術を施しているのだ。しかしこんなことをしていたら、現実世界のセシルを守る結界が消えてしまう。


 どうにかしてセシルと接触しなければ、そう考えているとスピノーは俺に狙いを定めて突進しながら拳を振るった。

 

 横に避けると、拳は修練場の地面を強く叩き、大きな地響きが起こる。こんな一打をまともにもらったらひとたまりもない。

 

 続いてスピノーは腕を水平に薙ぎ払う。拳が俺の身体にぶち当たる直前、スキル「帯電」を発動する。ドン!と強い衝撃が俺の体を叩くと共に、感電したスピノーは雄叫びを上げた。


 すかさずセシルは空中から下降しながら、双子剣を振りかざして雷で痺れるスピノーに斬撃を放つ。セシルの鋭い一撃を受けた巨獣から鮮血が迸る。連続して太刀を浴びせようとするセシルに俺はパッと飛びついた。


「な、なにをするの!?」


 声をあげるセシルを肩に担いで、俺は全速力でカポネの異端者に背を向けて逃走を図る。聖騎士、さらにカポネの異端者たちすら俺の行動にポカンとして、動きを止めた。


 セシルは俺の肩の上でジタバタと身をよじらせた。「レオン! 一体何をしているの!」


「奴らの目的は時間稼ぎをすること。ここでいくら戦闘しても無駄に消耗するだけだ」


「そうは言っても、聖騎士団長の私がこんな無様な格好で逃走するわけにはいかないでしょう!」


 まぁ確かに、聖騎士団長聖女セシルが敵勢力に尻を向け、担ぎ上げられて去っていく姿は皆を唖然とさせるには十分な景色だ。俺はセシルの捲れた聖衣を直しながら言った。


「夢から覚めたら皆忘れてしまうんだ。少し格好は悪いが、今は俺に身を委ねてもらいたい」


 走りながら眠りから覚醒しようと試みるが、すぐには眠りから覚めることができない。今の状況に気を取られすぎて、覚醒どころじゃないのだ。

 しばらく呆気に取られていたカポネの異端者らは「レオン・シュタインを追え!」と声をあげて再び動き出す。


 俺は修練場近くの建物の窓にセシルを抱えたまま飛び込んだ。俺たちが入り込んだのは、これまた思い出深い訓練学校の教室だった。

 

「レオン、状況が読めない。何か策があるの?」


 俺はセシルを肩から下ろし、手を握った。「一か八かだが、考えがある。今は俺と一緒にいてくれ」


 俺はそう言って、セシルの手を握ったまま廊下に向けて走り出した。時間が経つにつれ少しずつだが、目が覚めようとしている。


 廊下に出るとセシルは「こんな時にする話題じゃないかもしれないけど」と言った。

「レオンにどうしても伝えたいことがある。レイモンド王子が君に見せた映し絵のことなんだけど……」


 セシルがそこまで言ったところで俺は遮った。

「セシル、いいんだ。口にしなくても何があったか分かってる」


 今日、レイモンド王子のセシル部屋に入り、精神を操作されるリリーと会話して、俺は全てを理解した。人が変わったかのようなセシルの俺への態度、あり得そうもない映し絵、セシルが飲んでいた解毒剤。

 異様なまでにセシルに執着するレイモンド王子のことだ。長い時間をかけて俺とセシルの関係を壊そうと画策してきたのだろう。


 俺は無言のまま、懐かしい風景の中を走り続けた。セシルと一緒に剣や鎧を磨いた武具庫、剣をぶつけ合った屋内修練場。そこにはもう決して戻ってこない時間が詰まっている。


 セシルは言った。

「レオン、聖騎士団に戻ってきて。レイモンド王子が何を企もうとも、君のことを私が全力で守る。私たちは王子のことなど気にせず元の関係に戻ればいいのよ」


 俺が何かを答える前に、轟音と共に学舎の廊下の天井が崩れ落ちた。巨獣スピノーが外から拳を振るって建物を破壊している。壁に穴が空き、すぐに俺たちをカポネの異端者が取り囲んだ。


 俺は言った。

「セシル、それは無理だ」


「えっ?」

 

 俺の言葉に身体を強張らせるセシル。周りの異端者はセシルの聖術を警戒しているのか、緊張した面持ちでジリジリと近づいてきた。ただ、これ以上セシルを消耗させるわけにはいかないし、交戦している暇もない。


 俺は魔王の器ニーナのサブスキル「死霊召喚」を発動した。次の瞬間、地面からスケルトンやグール、デュラハンといったアンデットが次々と出現する。隣に立つセシルはゴクリと息を飲み込んだ。

 

 そして瞬く間に大量のアンデッドたちは俺とセシルを守るようにして取り囲んだ。カポネの異端者たちは突然の状況に言葉もなく動きを止め、セシルも完全に固まってしまっている。


 俺は半ば覚醒しながらセシルに言った。

「見ての通り俺は異端者だ。聖騎士団には到底戻れない。おまけに今夜、俺は異端審問官を殺めた。もうセシルの知るレオン・シュタインはいないんだ」


 その言葉を最後に、俺とセシルの身体は夢幻世界から姿を消した。

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