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セシルとレオン(セシル&レオン視点)

セシル


 聖騎士団長としてレイモンド王子の要求を飲むべきだったのだろうか。夢と現実の間のような世界で、異端者と戦い、傷ついて倒れる聖騎士が増えるたびに、そればかり考えてしまう。



 巨石城内のほぼ全ての人間が眠らされ、その原因となる異端者がレイモンド王子の寝室にいると知った私は急いであの部屋に向かった。


 レイモンド王子の寝室に駆け込み、私は例のベッドの前で王子と顔を合わせた。レイモンド王子は至って落ち着いた様子で、私にこう言ったのだ。


「セシル、これ以上僕との性交を拒めば、ルブラン公爵を殺害する。国を守るために聖騎士団長として僕に君の美しい身体を差し出してくれないか?」


 最初は冗談かと思った。国の一大事と私との性交などという、まるで性質の違う物事を並べるなんて、本気の話とは思えない。


「王子、真面目な話をしましょう。巨石城にいるほぼ全ての人間が眠らされている今の状況はあまりにも危険。もし今、闇ギルド勢力が巨石城に攻め入るようなことが起きれば甚大な被害が及びます」


「セシル、僕は大真面目だよ。今すぐ甲冑を脱ぎ、下着姿でベッドに横になるんだ」


 レイモンド王子の真剣な眼差しを見て、これが悪い冗談ではないことに気づく。「王子、私は聖女です。あなたの要求に応えられないことはよく分かっているはず……」


 レイモンド王子は首を振った。

「もううんざりなんだよ。聖騎士団のことなど他の誰かに任せておけばいい。セシルの役割は一つだよ。僕の恋人になることだ。そしてゆくゆくは妻となり、僕の子供を産み、育てること。それが何より国のためになるんだ」


「申し訳ありません……私は王子のご希望には沿えません」


 王子は不満げに鼻を鳴らして、小型の魔導機を手にした。ボタンを押すと、部屋に城内の様子が映し出された。映るのはやはりうつらうつらと眠りにつく聖騎士の姿だった。


 レイモンド王子は言った。

「セシルが子供のように駄々をこねるからこんなことになるんだよ」


 どう言う意味?戸惑っていると、映像の中の聖騎士は眠ったままおもむろに腰の短刀を握った。まさか、と思った時にはすでに遅かった。聖騎士は自分の手の甲に向けて短刀を振り下ろしたのだ。刃が手に突き刺さり、甲冑の隙間からは赤い血が流れた。


 気づくと私は双子剣を抜き、レイモンド王子の首に突き付けていた。「王家に忠義を尽くす聖騎士を何だと思っているの!」


 レイモンド王子は表情一つ変えずに言った。

「セシル、言っておくけど、僕に何かしたらルブラン公爵や貴族たちを皆殺しにするよう異端者に命じてあるから言動に気をつけたほうがいい」


 その言葉に固まってしまう。レイモンド王子は続けて言った。

「ほら早く、セシル、甲冑を脱ぎなよ。君の可愛い部下がどうなっても知らないよ」


 いつの間にか映像内の聖騎士は短剣を自身の首に突きつけていた。私には選択肢がなかった。


「私がこの身を差し出せば、誰にも危害を加えないと保証してくれますか?」


「もちろんだよ!これはセシルのためにもなるんだよ。僕はもうこれ以上、君に媚薬を与えたりしたくないんだ」


 私は目を瞑ってからゆっくりと甲冑を脱ぎさった。聖騎士の使う甲冑は一人でも簡単に脱着可能な仕組みで、すぐに私は純白の聖衣姿となっていた。


 レイモンド王子はまじまじと私を見て言った。

「セシルの聖衣姿はいつ見ても美しいなぁ。でも今夜は聖衣もいらないよ。生まれたままのセシルが見たいんだ」


「レイモンド王子、私は要求通りあなたのものになります。ですから、血を流す聖騎士にポーションを与えてやってくれませんか。今のままじゃ王子との大切な時間に集中できません」


 レイモンド王子は口元をほころばせた。「そうだね、二人の時間に邪魔があってはいけないね」


 レイモンド王子が「リリー、あの聖騎士の傷口にポーションをかけるよう操作しろ」そう言うと、映像内の聖騎士は小刀から手を離し、代わりにポーションを取り出して、傷口に振りかけた。レイモンド王子はそんな聖騎士に気にする様子もなく、私の身体を眺め続けている。


「それじゃさっき言った通り、聖衣を脱いでもらおうか」


 私はレイモンド王子が要求するまま聖衣の裾を握り、わずかに手繰り上げてから、その手を止めた。私は大きく息を吐いてから言った。

「やっぱりできません、王子。私はあなたの要求に応えられない。応えるわけにはいかない。私はまだ諦めきれていないのです」


 レイモンド王子が何かを口にする前に、私は聖術で身体の周囲に結界を張る。そして先ほどから感じていた睡魔に身を任せた。その先に、解決の糸口があることを祈りながら。



 こうして夢幻世界と呼ばれる場所にやってきたが、現状、希望などありはしない。私は空中から思い出が詰まった修練場を眺めながらそう結論づけるしかなかった。


 聖騎士訓練学校学舎を中心とした狭い領域に聖騎士、貴族、使用人が囚われている状況で、地下牢獄に収監されていた凶悪な異端者が暴れ始めている。


 眼下ではミシェル特級聖騎士らとカポネの異端者が交戦中だ。他にも戦闘が起きていることは間違いないけれど、指揮系統が壊滅的で全容が把握できていない。


 眠らされている人々を起こす解決策も見つかっておらず、いつ誰が王子の意思で殺されてもおかしくはない。


 解は一つだ。私がレイモンド王子に身体を許すこと。それこそが唯一確実に一人でも多くの人々を助け出せる方法なのだ。それなのに、私は決断ができない。

 私は聖騎士訓練学校の学舎に目を向けた。懐かしい風景を見ていると、今にもレオンが現れるんじゃないかという、ありえもしないことを考えてしまう。


 レオン、君だったらどうする? もしかしたら君は皆を救うために躊躇うことなく身体を差し出すかもしれないね。君はいつだって自分より周りのことを大事にする人だったから。

 




レオン


 上級聖騎士の対応をリリスに任せて俺は修練場へと向かう。修練場に近づくにつれ聞こえてくる獣のような唸り声は緊張感をより一層駆り立てた。そしてその唸り声の主を見ると俺は絶望感に打ちひしがれた。


 修練場に聳えるように立つ一つ目の巨獣はカポネの大幹部であるスピノーという異端者だ。カポネとの抗争の最終局面でセシルが捕縛した異端者だが、やはりこの男も巨石城の地下牢獄に収監されていたというわけだ。

 

 ミシェル特級聖騎士、それから上級聖騎士の五名はスピノー率いる複数のカポネの異端者と交戦中だ。スピノーは血を流しながらもその巨大な腕を勢いよく振り回し、最高位の聖騎士達を圧倒している。


 地面には負傷して倒れる聖騎士や、意識がない異端者らしき男が幾人も転がっている。早く治療を施さないと手遅れになるものも複数いる。

 

 しかし肝心のセシルがいない。修練場を見回していると、リリーの声が届く。

 

(レオンさん、急がないと、セシル様を守る結界が!)


 リリーの声と共に、俺の脳裏にはレイモンド王子の寝室が映し出される。宙に浮かぶセシルの顔は青白く、疲労感に満ちている。何より、セシルを覆う緑色の結界は先ほどよりも明らかに弱まっていた。


 セシルの前にいるのはバスローブを着たレイモンド王子だ。手に小瓶を持ち、眠りにつくセシルを崇めるような目つきで眺めている。

 

 レイモンド王子の目の前で少しずつではあるが、確実にセシルの結界が消えていく。レイモンド王子は笑みを浮かべながら口を開いた。


「リリー、僕とセシルを二人っきりにしてくれ。君は隣の部屋でくつろいでなさい」


「はい、レイモンド様」


 その声と共に俺の意識は現実、いや夢幻世界へと引きずり戻される。


 もう一刻の猶予も残されていない。セシルを連れて帰りたかったが、ミシェル特級聖騎士を選び、賭けに出るしかないか。


 判断に悩みながら俺はおもむろに空を見上げた。そして俺は彼女の姿を認めたのだ。目を瞑り、聖言を唱えるセシルその人を。

 

「セシル!」

 俺が呼びかけると、セシルはゆっくりと目を見開いた。無言のまま俺とセシルは目を見合わせる。セシルの表情はみるみる変わっていった。


 辛い、苦しい、悲しい。さまざまな痛みが混ざり合ったような顔つき、戦場ではセシルが決して見せることのない寂しげな目つき。それでいて安堵しているような、俺でも見たことのない表情だった。

 

 戸惑っている暇はなかった。俺はセシルを現実世界に戻すべく、大きく飛翔した。俺とセシルの手が触れる、その時。緑の光が俺たちを包んだ。


 見ると俺の左腕に光が灯っている。脳裏には古代言語が響いていた。


「スキル解放条件 聖女の喜悦 達成」


「異端者の王スキル 王の横暴解放」

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