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夢幻世界

 リリーのスキル「夢幻術数」が俺に直接作用しないからとはいえ、この状況には戸惑うしかない。


 レイモンド王子が使う巨大なクローゼットの最奥に身を隠した上で、俺はリリーの膝枕に頭を置き、子守唄で寝かしつけられていた。


「レオンさん、私に身を委ねてください」


 子守唄の合間に挟まれるリリーのそんなか細い声を聞きながら、俺は眠気を待った。リリーによれば他の人たちと違って強制的に俺を夢幻世界と呼ばれる空間に送ることはできない。俺は自ら眠り、皆が囚われる夢幻世界に飛び込まないといけないのだ。


 とはいえセシルがレイモンド王子の思うままにされ、ルブラン公爵が殺される一歩手前という状況で呑気に寝られるわけがない。そう思っていたが、リリーに頭を撫でてもらっているうちに、少しずつ睡魔が訪れる。そして、リリーの歌声が遠のき始めると、反対に懐かしい光景が視界に広がっていった。


 場所は聖騎士訓練学校の学舎の渡り廊下。廊下の窓からは毎日のように通った修練場や、思い出が詰まった聖騎士寮が見渡せる。


 そのあまりにも懐かしい光景に俺は我を忘れてしまった。この学舎は俺たちが卒業後、異端者との戦闘の現場になり、その時に焼失しているので現実世界ではすでに存在しないのだ。


 俺は頭を一度振ってから、学舎内を歩き始める。感傷に浸っている暇はない。すぐにでもセシルを見つけ出し、元の世界に戻らないといけないのだ。


 それにしても、不思議な世界だ。


 懐かしい学舎を歩き回っていると、時折、眠らされた貴族たちの姿を目にする。彼らは皆一様にぼんやりとした顔つきをして、フラフラと学舎内を彷徨い歩いていた。深い眠りの中にいる彼らは、ここ夢幻世界でも半分寝ているような状態なのだ。


 一方で同じく眠らされたはずの聖騎士やカノの姿は未だ見かけない。一体この世界で何が起きているのか、精査しながら歩いていると、「レオン!」と名前を呼びかけられた。


 振り向くと、よく知る人物、聖騎士同期のバンピーと言う男が立っていた。この男は貴族たちと違って意識がはっきりしているらしい。


「おいおいなんで聖騎士をやめたお前がここにいるんだよ。ここにいるのはあの夜に巨石城で眠らされた人たちだけだって上級騎士の先輩が言ってたけどなぁ」


「事情があって、俺も巻き込まれたのだ」事実を伝えるわけにもいかなく、俺は口籠もりつつ言った。「バンピー、セシルがどこにいるか知っているか?」


「レオン、お前まだセシル様に未練たらたらなのかよ。セシル様は特級や上級騎士達とここから抜け出す方法を懸命に探している最中だから邪魔しない方がいいぞ。元無能騎士の出る幕じゃないからな」


 バンピーの言葉で今の状況を理解する。眠らされてはいるが、聖騎士らしくこの状況を抜け出る算段を立てていると言うわけか。それなら話は早い。

「なんにせよ、セシルの居場所を教えてくれ」


 バンピーは俺の問いには答えず、碌でもないことを考えている時に決まってみせる、ニヤついた顔つきになった。

「まぁ、俺としてはしばらくこっちの世界から抜け出さなくても一向に構わないけどな」


「どういう意味だ?」


 バンピーは「いいか、ここは夢の世界なんだぞ」と言って、フラフラと歩く赤色のドレスを着た女性に近づいていく。女性は最近婚約を発表したばかりのアナスタシアという令嬢だ。バンピーはそんなアナスタシア令嬢を躊躇いもなく抱きよせた。

「へへ、ようやく見つけたぜ、社交界の高嶺の花、アナスタシアちゃんをよ」


 バンピーは鼻の下を伸ばしながら、アナスタシア令嬢のドレスに手を突っ込んだ。俺は慌ててその手を無理やりに引き抜いた。「おい、馬鹿な真似をするな」


 バンピーは俺の手を苛立たしげに振り解く。

「レオン、お前ってやつは相変わらずの堅物だな。ここは夢の中。いわばどんなことをしてもお咎めなしのパラダイスワールドだ。アナスタシア令嬢の胸を揉みしだくなんていう現実世界では絶対にできないことでも可能なんだよ」


 それは聖騎士のすることじゃないだろう、そんな言葉が頭に浮かぶが口にはしなかった。なんでよりにもよって何人もの異端者を束ねる闇ギルドのドンたる俺が聖騎士に向けて品行方正を唱えないといけないのだ。代わりに俺は言った。

「もし令嬢に記憶が残っていたらどうする? 婚約者の耳に届いたらただの懲戒処分じゃ済まされないぞ」


 バンピーはニヤニヤと笑みを浮かべた。

「安心しろ。過去にこの異端スキルで眠らされた聖騎士によれば、寝ている間のことはなーんにも覚えてないんだってよ」


 バンピーはそう言って、今度はアナスタシア令嬢のドレスを手繰り上げた。


 俺は面倒になってきて、バンピーを無視してセシル探しを再開することにした。この男と関わるとろくなことが起きないことは過去の経験からよく知っている。


 ただ、バンピーは気になることを言った。

「あっそうそう、敗者の街区の酒場でお前と一緒にいたカノちゃんっていうエルフがよ、さっきついに捕まったんだよ」


 俺は足を止めて振り返った。

「カノが捕まった?」


「あの子、ドン・ミチーノの女なんだってな。セシル様は認めないが、ドン・ミチーノが今回の計略に関わっていると考える聖騎士も多くてな。カノちゃんを尋問して計略の全貌を聞き出すんだとよ」


 バンピーによれば、セシルはレイモンド王子が主犯だと断定しているが大多数の聖騎士はドン・ミチーノが裏で糸を引いていると考えて行動しているらしい。

 パーティーの出席者であるはずのドン・ミチーノが夢幻世界で未だ発見されていないのがその理由とのことだ。


「それにしても先輩騎士らは役得だよなぁ。尋問と称して、あんな可愛い女エルフに色々できるわけだからよぉ。夢の世界では何しても純潔を破ったことにはならないから、やることはやるんだろうな」

 そしてバンピーは実に嫌味ったらしい笑みを浮かべ、「お前も情けないやつだよな」と言った。

「お前とカノちゃんが一緒にいたのを見た時は腹が立ってしょうがなかったけど、結局は王都の大物、ドン・ミチーノに奪われてたのか。まっドン・ミチーノはあのソフィア・グレイシャーを愛人にするほどの男だから、へっぽこレオン君じゃ勝てるわけもないか」


 黙っていると延々と広長舌が続きそうだから俺は遮って言った。

「カノが捕まっている場所はどこだ?」


「地下にある営倉だよ。でも元聖騎士のお前が行っても怪しまれるだけだからやめておいた方がいいぞ。先輩騎士に隠れてここで女の子漁りしているのが一番だよ」


 バンピーはそう言ってアナスタシア令嬢の胸元に手を入れる。「セシル様がこの状態だったらどんだけ最高だったか」

 気がつくと、バンピーにいいようにされるアナスタシア令嬢は意識が半濁しながらもどこか怯えた顔つきをしていた。


 俺は言った。

「まぁこの訓練学校で学んだことを守れていないのはお互い様だ」


「はぁ、何言ってんだよ」


 俺はバンピーの顎に拳をめり込ませた。即座にバンピーは白目を剥き、呻き声を上げながら地面に倒れ込む。


 バンピーが完全に気絶したのを確認すると、俺はセシルを探しつつカノが囚われているという営倉に足を向けた。

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