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レイモンド王子のセシル部屋

 レイモンド王子の部屋は極々限られた人物しか入室が許可されていない。当然、俺も足を踏み入れるのは初めてのことだ。


 カノと一緒に室内に入ると天井に吊るされる魔導シャンデリアに明かりが灯った。光に照らされるのは金の机や大きな長椅子などどれも豪奢な調度品ばかりだ。部屋はワンフロアだけではなく、扉が壁にいくつも設置されていて、さらに奥へと続いているらしい。


 それにしても妙な感覚だ。巨石城に漂う微睡んだ空気がより濃くなり、全身が重い。遠くから男女の囁く声が聞こえてくるが、不明瞭で何を言っているのかは聞き取れない。


「カノ、何が起こるか分からないから気をつけろよ」

 

 そう言って振り返った時、異変に気づく。カノは目をトロンとさせ、大きなあくびを連発していた。


「ド、ドン、すごく眠いです……」


「ああ、そのようだな」


 カノはほっぺをつまんだり、顔を叩いたりとしばらく抵抗を続けていたが、ついには「ドン、夕食の時間ですよぉ」などと寝言を呟き始め、完全に眠りに落ちてしまった。仕方がなしに俺はカノを抱えてから、長椅子に寝かしつけた。


 この状態で連れていくよりはここで寝ている方が幾分安全だろう。とにかくすぐにセシルやリリーを見つけ次第、カノと一緒にこの場を脱出しなければならない。


 俺は部屋を見まわし、とりあえず一番近くの扉を開け放った。次に視界に広がったのは異様としか言えない光景だった。


「なんだ、この部屋……」


 部屋の四方八方に張り巡らされているのはセシルの映し絵。俺すらも知らない幼少期のセシルから、貴族学校の制服を着るセシル、聖騎士団長に任命された頃のセシルなど、ありとあらゆるセシルの姿が目に飛び込んできた。


 映し絵の中には幼少期のレイモンド王子とセシルが並ぶ映し絵もある。二人が幼少期からの知り合いであることは知っていたが、こんな小さい時からの関係とまでは知らなかった。


 そして、セシルで埋め尽くされるこの部屋で自分の映し絵を見つけると、俺はさらに唖然とした。


 部屋の中央にある机にはナイフでズタズタにされる俺の映し絵が何枚も置かれていた。ピクニックに行った時にセシルと一緒に撮った映し絵なんかは、ほとんど判別できないほど俺の顔はナイフで滅多刺しにされていた。


 部屋にはベッドも置かれており、その上ではセシルを思わせる金色の長い髪を生やす、下着姿の女性がすやすやと眠りについていた。


 この異様な部屋を前にして呆然としていると、不意に少女の声が聞こえた。

「レオンさん、時間がない、急いで」


 振り返ると、ほんの一瞬、少女が走り去っていく姿が目に映る。チラリと見えた横顔には見覚えがあった。


「リリーだ……」


 部屋を出ると、リリーが走りながら別の扉に入っていく。俺はリリーを追いかけて、暗い部屋を横断する。リリーが入って行った扉を抜けると、例の部屋が姿を現した。


 部屋の中央には天蓋付きの豪奢なベッド。ナダエルに見せられたあの映し絵の部屋だ。しかし状況が全く読めない。

 ベッドの上で浮いたまま目を瞑るのはセシルだ。薄手の白の聖衣を身にまとい、そのセシルを緑の光が包み込んでいる。


 寝室の向こうにはガラスで仕切られた魔導シャワー部屋があり、そこからシャワーの音とともにレイモンド王子の陽気な鼻歌が聞こえてくる。


 一体何が起きているのだろうかと頭を巡らせていると、また少女の声が聞こえた。


「まだセシル様はレイモンド王子の思うままになっていない。セシル様は結界を張ってから自らの意思で眠りについたの。眠るみんなを救うために」


 声の方を振り向くと、部屋の隅っこに白色のワンピースを着た少女が立っていた。間違いない、特殊異端者リリー・ルートヴィッヒだ。


 リリーは言った。

「だけどセシル様も私の能力に飲み込まれてしまい、結界の力が徐々に弱まり始めている」

 

 俺は無言のままリリーを見つめた。俺とセシルはその昔、リリーと関わったことがある。凱旋広場で迷子になるリリーをルートヴィッヒ商会まで連れていったことがあったのだ。

 今のリリーはあの時と一緒の表情をしている。家族からはぐれてしまい、ただただ不安でいっぱいな顔つき。巨石城にいるすべての人間を眠らせるという前代未聞の事態を巻き起こしている張本人にはとても見えなかった。


 俺は言った。

「リリー、今すぐスキルを解除し、全員を起こすんだ。そしてここを出て家に帰ろう。そうすれば両親と一緒にまた暮らすことができる」


 リリーは悲しげに首を振った。

「それはできないの。レイモンド王子が命令しない限り、スキルを解くことも部屋を出ることも私にはできないの」


 そんなことだろうと思っていた。誰かが一枚噛んでいなければこんな国家の一大事を一人の少女が巻き起こすわけがない。


 俺は呑気にシャワーを浴びるレイモンド王子の方へと目を向けた。それならレイモンド王子を拷問してでも命令させるまでだ。そう思い、一歩踏み出した時、リリーはひどく悲しげな口調で「気をつけたほうがいい」と言った。


「レイモンド王子に何かあったら聖騎士たちがルブラン公爵や反レイモンド王子側の貴族を襲うよう術数が組まれている。私はそんなことしたくなかったけど……」

 

 それは俺が想定していた中でも最悪のシナリオの一つだった。操作可能な聖騎士に囲まれるルブラン公爵や貴族たちはいわば人質のようなもの。彼らを守ることができる人物が誰一人いない状況で、そんな術数が発動されたら、どんな未来が待ち受けているのかは容易に想像できる。


 そこで一つの疑問が頭をよぎる。


「リリー、レイモンド王子は何がしたいんだ? 貴族を殺し不要な戦乱を招くことも、セシルが聖女の力を失うことも、王子にとってなんらメリットがないはず」


 リリーは眠るセシルを見つめた。

「セシル様の純潔を奪い、子種を授けること。レイモンド王子はそれだけを望んでいる……本当にそれだけを」


「レイモンド王子とセシルは恋仲にあるんじゃないのか」


 リリーは首を振る。

「セシル様はレイモンド王子にいい感情を抱いていない。そのことを誰よりも知っているレイモンド王子は特殊な媚薬を使ってセシル様を支配下に置こうとしているの」


 話すごとにリリーは辛そうに顔を歪ませた。

「私のスキルのせいでセシル様の結界がだんだんと弱くなっている。レイモンド王子は結界が消え次第、セシル様に媚薬を飲ませて、純潔を奪う。その後、聖女の純潔を奪った大罪をルブラン公爵に押し付けた上で、公爵を殺すつもりでいる」


 そのレイモンド王子の醜悪な企みに言葉もなかった。リリーの目には涙が浮かんでいた。

「私、セシル様を傷つけたくないし、誰かを殺したくもない……」


「何か、方法があるはずだ。リリーだって俺に何かを頼みたくてこの部屋に連れてきたんじゃないのか?」


 その時、魔導シャワーの音が止んだ。曇ったガラス越しにレイモンド王子がバスタオルに手を伸ばす姿が見える。


 リリーは声を顰めて「レオンさんは私のスキルの影響が及ばなかった唯一の人なの」と言った。

「そんなレオンさんがセシル様や他の人が囚われている夢幻世界に行き、セシル様達を眠りから覚ますことができたら、もしかしたら……」


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― 新着の感想 ―
[気になる点] >レイモンド王子に何かあったら聖騎士たちが  ルブラン公爵や反レイモンド王子側の貴族を襲うよう術数が組まれている 異端スキルも真っ青の効果じゃない? これの使用のほうがよほど断罪対象…
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