双子の異端者
異端審問官は大きく二つに分けられる。力ずくで異端者を捕縛する武闘派タイプと、精神操作系の聖術で相手を屈服させるタイプの二つだ。
夫の前で異端者の女を服従させてみせたトルケマダは明らかに後者。しかもその能力は聖騎士団を含めてもトップクラスに長けている。
そのトルケマダが聖術で意のままに操っていたはずの異端者に刃を向けられて驚かないはずがない。
惜しげもなく肌をさらす双子の女子にナイフを突きつけられたトルケマダは唇を噛み締めていた。
双子の名前はエスとサダ。捕縛される前に接触し、忠誠心を獲得した異端者だ。良家が通う女学校の生徒だったが、異端スキルが発現してからはリリーのように身を隠すような生活を送っていた。
二人が身を潜めるために暮らしていた農園に赴き、捕縛が迫っていること、協力してくれれば異端審問官から必ず救い出すと説得した。二人ともすぐには信用してくれなかったが、ふとしたタイミングで自分が元聖騎士であることを話すと、俺に興味を抱いてくれた。
さらにドン・ミチーノの顔ではなくレオンの顔を晒し、丁寧に対話をし続けると、最後に二人は涙を浮かべて跪いた。
「異端スキルが発現してから今日までずっと不安な日々を過ごしてきました。私たちはドン・ミチーノことレオン・シュタイン様に忠誠を誓い、身も心も捧げます」
そして双子の少女は俺の手の甲に口付けをしたのだ。
エスとサダにナイフを突きつけられたトルケマダはしばらくすると再び笑みを浮かべた。
「私の可愛いエスとサダがあなたと繋がっていたことは驚きですが、ここは巨石城ですよ。戦闘行為などが起きればすぐに聖騎士団がやってくる。ルブラン家の後ろ盾があろうと、異端審問官に狼藉を働いたとなれば、ただじゃ済まされない」
トルケマダは俺たちを取り囲む異端審問官に言った。「私に構う必要はありません。この下賎な者たちを袋叩きにして捕縛しなさい。一番活躍したものにはこの双子の初夜権を与えましょう」
その命令とともに、俺とカノに向かって一斉にメイスが振り落とされる。俺はカノを抱き抱えながら、メイスを素早く避けた。振り落とされたメイスは大きく空振りし、地面を強く叩いた。
カノを背後に降ろすと、俺は異端審問官たちと素手で相対していく。巨石城に入る前に聖騎士団の荷物チェックがあったので武具の類を持ち込んでいないのだ。
異端審問官は聖騎士と同様に戦闘能力が高い。しかも握っているのは鋭利なスパイク付きのメイスだ。素手で戦う愚か者はそうはいない。
ただし元聖騎士、さらに総勢二十名の異端者の力が付与されているのが今の俺だ。戦えない相手ではない。俺は次々と異端審問官を捕縛術で締め上げ、気絶させていった。
ただ一人だけ、能力が別格の異端審問官がいる。巨大なメイスを鞭のように軽々と振り回し、付け入る隙を与えてくれない。流石に素手で戦うのは厄介な相手だと考えていると、双子の声が飛んだ。
「「ドン、これを使ってください!」」
エスとサダは腰布から別のナイフを取り出し、俺に投げた。俺は二本のナイフを受け取り、即座にスピードのギアをあげる。メイスをナイフでいなしつつ、もう片方のナイフで斬撃を放つ。
スキル「衝撃波」を重ねたので、異端審問官はドンッ!と後ろへ弾けるようにふっ飛んでいく。異端審問官はフラフラと立ち上がるが、斬撃を再度放つと地面に倒れ込んでしまった。
致命傷は与えていないが、しばらくは立ち上がることさえできないだろう。
地面に崩れ落ちた五人の異端審問官を前にしたトルケマダからはすでに笑みが消えていた。「熟練の異端審問官をいとも簡単に……、ドン・ミチーノ、あなたは一体……」
その質問には答えず俺は言った。
「今はお前の疑問に答えるターンではない。俺が質問する番だ。俺の考えではリリーは生きている。彼女が今、どこで何をしているのか教えてもらおうか?」
「おっしゃられている意味が分かりませんね。確かリリーという娘は半年前に死罪となっているはずですが」
「清貧の街区にあるお前の屋敷には死罪となったとされる異端者が複数名いた。異端者を売って金を蓄えているお前のことだ、リリーも売られたと考えるのが妥当だろう。リリーはどこにいる?答えろ」
トルケマダは何も言わず、俺を睨みつけた。
俺は地面に倒れる異端審問官が所持していた捕縛紐を拾い上げ、トルケマダを拘束した。
「言っとくが、お前が生きながられる条件は一つだ。リリーが生きていて、お前が素直に彼女の居場所を俺たちに伝えること。それだけだ」
「仮にリリー・ルートヴィッヒが生きているとして、あなたはどうなさるおつもりですか? まさかあなたの闇ギルドに引き入れようするおつもりですか? それは無理だ。やめておいた方がいい」
「俺の目的は彼女を今の境遇から救い出し、両親に会わせることだ」
トルケマダは首を振った。「闇ギルドのドンでありながら、あなたは異端者のことを何もわかっていないようだ」
そして一呼吸置いてから言った。「彼女はもう以前のリリーではない。両親と再会したところで何になるのです」
その時、カノが口を開いた。「ドン、聖騎士数名がこの部屋に向かってきています! 気配からして剣聖のリリスさんもいます!」
間違いなく、今の騒ぎを察知してリリスら聖騎士団が調べにきたのだろう。
トルケマダは不敵な笑みを浮かべた。
「たとえ、私を連れ去っても異端審問官がこの部屋に倒れていたら、聖騎士団が怪しむことは必定です。今は貴族たちが集まる王家主催のパーティーの真っ只中。厳戒態勢が取られ、あなた方が巨石城から離脱することは不可能となる」
「聖騎士団は何より、この男に興味を持つはずだ」
俺は地面で伸びる一際体の大きい男が着る僧衣を引きちぎった。ちょうど左肩の部分を切ったのでスキル名が顕になる。
僧衣を着る男の左肩に刻まれるのは「万死の戦棍」の文字。僧衣を着ているが、この男はトルケマダ配下の異端者の一人だ。
俺のその行動にトルケマダは再び目を見開いた。「あなた、その者が異端者であることを見破っていたのですか……?」
「一々驚かないでくれ。確かに異端者の検知を防ぐお前の聖術は優秀だが、それ以上に俺には異端者が見えるんだよ。なんにせよ、リリスはなぜ異端者が僧衣をきていたのか疑問を覚えることは間違いない」
この情報はすぐにセシルに共有されることだろう。そしてそれは今回の計画の始まりに過ぎない。
「カノ、スキルで全員の姿を隠してくれ。エスとサダも計画は理解しているな?」
双子の女の子は同時に頷いて答えた。「ドン、私たちは、準備万端。どこまでもお供します」
捕縛紐で縛られたトルケマダを俺は肩に抱えた。
「皆、油断するなよ。巨石城にはトルケマダの配下が何人もいる。今夜は一体何が起こるか分からない」




