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計画の始動

 計画は速やかに、そして慎重に進行していった。最初のステップはソフィアから渡されたリストに載る異端者たちと接触し、忠誠を誓わせること。次のステップは異端審問官に勘付かれることなく、俺に忠誠を誓った異端者たちを異端審問官らに捕縛させ、トルケマダの屋敷へと連行させることだ。


 相手方にバレたら終わりの極めて高い機密性が要求される計画だが、ここでも聖騎士訓練学校時代の訓練が役に立った。聖騎士は秘密裏に行動することが多いため、諜報活動は訓練でみっちり叩き込まれる。その甲斐あってか、一ヶ月かけて八名の異端者をトルケマダ屋敷に送り込むことに成功した。


 屋敷からは日々、内部の情報が俺の元に上がってくる。トルケマダの屋敷で繰り広げられることは予想していた通りだ。

 異端者たちは貴族や宗教家の大物たちにオークション形式で販売される。トルケマダはその地位を利用して莫大な利益を懐に入れているというわけだ。


 意外にもリリーのようにトルケマダ自身の慰め者になるというのは稀で、俺が送り込んだ異端者たちは身柄は拘束されているもの、三食を保証され、虐待のようなことはされていない。誰にも唾をつけられていない方が商品価値として高いというのは異端者も同じらしい。


 そして、セシルに出席すると伝えていたルブラン公爵の快癒祝いのパーティーが開催される頃には、全ての準備が整いつつあった。



「ドン……本当の本当に私なんかが来て良かった場所なのでしょうか……」

 緑色のドレス姿に身を包んだカノは不安げに耳を尖らせて言った。


 巨石城にある大広間に実に豪華絢爛だ。出席者は名のある貴族ばかりで、俺たちの場違い感は凄まじい。一応、俺とカノは服屋にいき、パーティーに相応しい正装をしてきたものの、素人目でも周りの貴族たちとは服のランクが違う。


 国王は病に伏せているため出席しないとのことなので、レイモンド王子とルブラン公爵が本日の最高位の身分だが、彼らの姿はまだ見えない。セシルも会場には来てないようだ。


 カノはパーティー会場のテーブルに並ぶ、いかにも高級そうな料理を見ながら言った。

「ドン、テーブルの上の料理を無料でいただいてもいいというのは本当なんですか?」

 

「ああ、好きなだけ食べたらいい」


 カノはきょろきょろと辺りを伺ってからテーブルに近づき、さっと料理に手を伸ばし、事前に持ってきていた袋に入れた。

 そして満足げな顔でスタスタと俺のところに戻ってきた。

「やりましたよ!」


「おいおい、今食べないで持ち帰るつもりかよ」


「サニとニーナちゃんに偉い人たちが食べる料理を持って帰ると約束したんですよ」


 カノにもそれなりの報酬を支払っているつもりだが、性格は出会った頃のまま何一つ変わっていない。まぁそこがカノのいいところと言えばそうなのだが。


 しばらくすると、大広間に流れていた宮廷楽団の演奏が止み、周りの貴族たちの話し声も一斉に静まっていく。権力闘争などに疎い俺でも、貴族たちの間にただならぬ緊張感が張り詰めたのをはっきりと感じる。

 壇上に、今回のパーティの主役であるレイモンド王子とルブラン公爵が現れたのだ。


 レイモンド王子が聖騎士団を司る立場として今回の反乱を招いたことを深く恥じいっていること、叔父が無事回復してくれたことを喜ばしく思うなどと挨拶をすると、会場からは拍手が巻き起こった。


 続いてのルブラン公爵の挨拶は極めて異例だ。一言「国王陛下の顔を立てるためだけに出席したまでだ」と述べると、兵士を従えて大広間を出て行ってしまった。公爵がいなくなった後も静まり返り、糸を張ったような緊張感が大広間を占めていた。


 ただ一人、レイモンド王子はヘラヘラと笑いながら酒を飲んでいて気にするそぶりもない。そして、パーティー会場に再び宮廷楽団の音楽が鳴り始めると、貴族たちの歓談が再開された。


 なるほど、王が病で伏せる中、権力の綱引きが起きていることは明らか。出席する貴族たちは皆一様に今の状況を精査しているらしい。

 そんなことを考えていたら、カノはサイレントボイスで俺に告げた。

「トルケマダさんです」


 その言葉通り、にこやかな笑みを浮かべて俺たちの元へ近づいてきているのはトルケマダ異端審問官だ。トルケマダの後ろには顔を布で隠す僧衣姿の女が二人付いている。


 この場でトルケマダ異端審問官が俺に接触してくることはある程度予想していたことだ。


 トルケマダが俺のことをどこまで知っているかはわからない。ただ少なくとも、うちのファミリーのカノとセネカがトルケマダの取引相手であるグリッツの捕縛に協力したことは知っているわけだ。ミチーノ・ファミリーのドンたる俺に興味を持つのは当然のこと。そして、このパーティーに出席した狙いもそこにある。


 俺たちの前までくると、トルケマダは笑みを崩さずに言った。

「お初にお目にかかります、ドン・ミチーノ。大変なご活躍は耳にしておりますよ」


 トルケマダはしばらく俺のことを値踏みするような目で見てから言った。

「あなたとは少しばかり話し合いたいことがある。ここで話すのも何ですからついてきてください。よろしければ、そこにいる可愛らしいエルフの方もご一緒に」


 トルケマダは有無を言わさず、二人の部下を連れて大広間の出入り口へと歩いて行く。俺とカノは顔を見合わせてから、トルケマダの後ろをついて行くことにした。


 トルケマダが俺たちを連れ出したのは巨石城内にある教皇庁が管理する応接室だ。部屋に入るとトルケマダの表情から笑みが消えた。


「単刀直入に言いましょう。あなたのところにいる、とある少女はあまりにも危険だ。あなた方のような小さな闇ギルドが扱っていいような異端者ではない」

 

「少女?」


「とぼけないでもらいたい。あなたの元にいるのでしょう? ニーナ・ナイトスカイという娘が。あれは私どもが管理していた異端者。あなたが所持していい娘じゃない」


 なるほど。ニーナが俺たちのファミリーにいることはご存じということか。


「しかし、トルケマダ異端審問官。あなたはその危険な異端者をカポネに売ろうと画策していた。うちどもとカポネが今どんな状況にあるか分かっているでしょう?」


 トルケマダ異端審問官は表情ひとつ崩さない。

「さぁ、何をおっしゃられているのかわかりませんな。私たちは異端者を適切に管理し、処理するのが仕事。闇ギルドのことなどよく知りませんし、今あなたが口にしたような不道なことをするわけがない」


「夫の前で欲望のまま異端者の女を犯すことは不道そのものに思えますがね」


 その言葉にトルケマダの顔は僅かに歪んだ。そして快活な笑い声を立てた。

「なるほど、噂通り奇妙な方だ。ドン・ミチーノ。なぜソフィア・グレイシャーがぽっと出の闇ギルドのドンに絆されたのか理解しましたよ。なるほど、一筋縄にはいかないというわけですな。それでは腹を割ってお話ししましょう」


 トルケマダは背後にいる女の僧衣を掴んだ。


「私はあなたと対立がしたいわけじゃないのですよ。私が望むのは共存共栄というやつです。その証拠に私はちゃんと手土産を用意しておいたのですよ」


 トルケマダがぐいっと手を引くと、ハラリと僧衣がはだける。姿を現したのは胸と腰だけを布で隠す、肌を曝け出した双子の若い女だ。


「どちらもあなたのものです、ドン・ミチーノ。見ての通り眉目秀麗。捕縛したばかりで誰にも手をつけられておりませんし、将来性のある異端スキルを発現しております。もし趣味に合わないというなら、異国の女、獣人、麗しい男子、何でもご用意致しましょう」

 トルケマダはそう言ってから最後に「もちろんニーナを差し出すことが条件ですが」と付け加えた。


 トルケマダの話を聞いて、今回依頼を受けた時から考えていたことが確信に変わる。そして俺は言った。

「ではお言葉に甘えて……少女の異端者を要望しましょう」


「なるほど、それで、どんな少女がご所望でしょう? 少女と言ってもさまざまですからな」


「リリー・ルートヴィッヒ。あなたが辱め、孕ませたルートヴィッヒ商会の一人娘を頂きたい」


 そう言い終えた瞬間、二つのことが同時に起きた。

 まず、部屋の四方八方からメイスを握る異端審問官が五名現れ、俺とカノを取り囲んだ。それと同時に双子の女異端者が胸元から短刀を取り出し、トルケマダ・スロブリンの喉元に突きつけた。


 剣先が触れ、喉元から血を垂らすトルケマダ異端審問官は驚愕の表情だ。

「なるほど、想像以上の男ですね。ドン・ミチーノ」

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