抗争の終結とドン・ミチーノからの返信(セシル視点)
月が陰る夜、私は見晴らしのいい丘から白光に照らされるマレル平原を見下ろしていた。眼下では今まさに、長らく続いたカポネとの抗争が最終局面に入っていた。
私の視線は一点、サイクロプスを思わせる巨獣に姿を変えたカポネ幹部である野獣のスピノーに注がれる。私が聖術を詠唱している間、第一聖騎士団の精鋭たちはスピノーの猛攻に耐えながら、剣を振るい続ける。
星ひとつない夜にマレル平原の草地を明るく照らすのは天空に浮かぶ巨大な光玉。これは最難関聖術、ベツレヘムの星。
そして聖言を詠唱し終えた時、光の玉は巨獣に向かって落ちていった。それはまるで古文書だけに記録が残る大箒星の如く。
獣の叫び声が大地を揺らした時、この度のカポネとの抗争の終結が決まった。これでようやくグリッツに殺害された聖騎士たちを弔える。
レイモンド王子からは王都の力の均衡を壊しかねないと何度も抗争の中止を勧告されたが、ルブラン家や教皇庁に根回しをすることで無理を通した。
その甲斐あって、カポネファミリーの幹部の一角を崩すことができた。カポネはしばらく体制の立て直しに尽力するはずだ。今のうちにレオンを見つけ出し、聖騎士団に引き戻す。私の望みはそれだけだ。
巨獣から人へ戻った血みどろのスピノーが捕縛されるのを見届けると、私は愛用の双子剣を鞘に納め、指揮を待つ聖騎士たちに王都帰還の号令を飛ばした。
二週間ぶりに王都に帰還すると、膨大な報告が私を待ち受けていた。その中でも私が知りたかったのは当然、ルブラン公爵襲撃および聖騎士反乱事件のその後だ。
反乱を起こした聖騎士らの聴取は全て終わっていたが、報告によれば何ら進展がないようだ。
反乱に加わった聖騎士たちは自分の意思でルブラン家に凶刃を向けたのではなく、何かの異端スキルで操られていたことまでは分かっているが、その異端者が割り出せないのだ。
あれだけの人数の聖騎士を同時にコントロールするからには相当の能力者。操られた聖騎士は皆一様に夢の中にいたような感覚だったと証言したが、そんな能力を持つ異端者など聞いたこともない。
暫定副騎士団長からの報告を聞き終わると、騎士団長室に赴いた。机には報告書の類が積み上がっている。
ざっと書類に目を通していると、遠征中、王都に残っていたリリスからとある異端審問記録を精査してほしいという通知が来ていた。
意外にも異端審問にかけられたのは覚えのある人物だ。
リリー・ルートヴィッヒ。商会を営む男の一人娘で、私とレオンにとっては思い出深い少女である。
あれはまだ聖騎士団に入る以前、実家の屋敷を抜け出しては孤児のレオンと一緒に行動していた頃の話。街で迷子になり、泣いていたリリーを二人でルートヴィッヒ商会にまで連れていったことがあったのだ。
リリーの父親は涙が出るほど喜んでくれて、私たちにいっぱいのお菓子を持たせてくれた。その頃レオンが寝泊まりしていた大時計台から王都を眺め、お菓子を食べた時のことを今でも私はよく覚えている。
リリーがレオンに恋心を覚え、私をライバル視するなんていう後日談もあったが、今となってはいい思い出だ。
それにしてもその後リリーに異端スキルが発現し、死罪となっていたとは知らなかった。異端審問を担当したのはトルケマダ異端審問官。
一体リリスは私に何を精査して欲しかったのだろう。直接聞きたかったが、リリスは私の帰還と入れ替わる形で、別の任務のため王都を離れている。帰還するなり耳にした、リリスがレオンと一緒に定食屋で食事をしていたなどというあり得そうもない噂話の真偽も聞きたかったのだけど……
そんなことを考えていると、ふとリリーの発現した異端スキル名が目に入る。異端スキル「夢幻術数」。精神操作系の異端スキルらしいが、一体どんな能力なのかは異端審問の記録には残されていなかった。
その異端スキル名に何か引っ掛かるものを感じて、もう一度異端審問の記録を読み返すが、やはり奇妙な点は何一つない。
今度、レイモンド王子主催でルブラン公爵快癒祝いのパーティーが開かれる。そこでトルケマダ異端審問官とは顔を合わすはずだから、リリーの能力について情報を提供してもらうのもいいだろう。
次に手に取った書簡にも厄介な名前が書かれていた。送り主はドン・ミチーノ。私に不遜な態度を取り続けるあの男のことが遠征中に何度も頭に浮かんでは、何ともいえない腹立たしさを覚えた。それと同時にまた会って話してみたいと思わせるのだから、不思議な男だ。
何にせよそろそろレオンに関する報告があってもおかしくはないはず、そう思いながら書簡を開いた。そして、書面を読んで思わず独り言が漏れてしまった。
「本当にこの男が何を考えているのか理解できないんだけど……」
ミチーノ商会が使う猫のスタンプ付きの書簡には一言、「パーティーに出席致します」とだけ書かれていた。聖騎士団長の私に送るにはあまりに簡素すぎる文章だ。
しかし繰り返して読むほどに、この短い文面には別の意図がある、そんな考えに私は囚われていた。




