異端審問官の殺し方
トルケマダ異端審問官の殺害依頼を受諾してから、表向きの俺は猫探しをしつつ、ギルドの受付係であるサニ(カノの妹)と遊んでやったり、久しぶりに敗者の街区でのんびりとした時間を過ごしていた。
ルブラン家から受け取った原材料を職人たちに届けたことで、敗者の街区の商業も活発化し、街を回るだけで実に楽しい。
特に鍛冶屋に並ぶ武具は見事なもので、店先を通るだけでも心躍る。うちのファミリーが使用する装備品の手入れはこの店に任せていて、客として公認ギルド所属の冒険者も来ているので、売り上げも上々のようだ。
職人の中で、唯一苦戦しているのは酒をつくる太っちょピットだ。能力はあるが、ずっとピット酒なる粗悪な酒を作っていたせいで、エールの味が安定しない。まぁ根は真面目だから、それほど心配はしていないが。
闇ギルド本部に帰ると、一階の大広間ではキルケが「魔王の器」ニーナに魔術の講義を行っていた。
キルケ、そして魔王マニーナによればニーナは魔王に体を貸せるだけじゃなく、魔術の才能もあるらしい。事実、英才教育を施されたニーナの成長は著しく、ニーナの頭上には以前よりさらにおどろおどろしい鑑定結果が浮かんでいる。
ニーナ・ナイトスカイ
種族:人
異端スキル: 魔王の器
サブスキル:黒魔術Lv3 魔獣生成Lv1
隠れスキル:魔界解放 死霊召喚
忠誠心:100
相変わらず異端審問にかけたら死罪間違いなしの能力だが、これからの闇ギルド運営にあたってニーナの力が必要になる場面が多くなるのは間違いない。
ニーナは俺の存在に気づくと駆け寄ってきた。
「おかえり! ドン!」
「今日もたくさん魔法の勉強できたか?」
ニーナはあどけない笑みを浮かべながら頷いて答えた。この街に来たときは異端スキルが発現したことに怯え、表情に乏しい少女だったが、今では自然に笑うようになったのも変化の一つだ。
夕方になると依頼を終えたファミリーたちがぞろぞろと帰ってくるので、彼らに報酬を渡す。そのあとは闇ギルド本部で暮らすファミリーと皆で風呂屋に行ってから夕食を食べるというのがミチーノファミリーの日常の風景だ。ここのところカポネの襲撃もないし、実に平和なものである。
もちろん、俺はただのんびりと生活をしているわけではない。今日も夜になると俺はポルナイを訪れた。
トルケマダの行動原理は少しずつ分かってきた。リリーの手紙や夫の前で辱めを受けた女の記憶。さらにリリスが集めた過去の異端審問の情報を勘案するに、どうもトルケマダは若い女異端者をリストアップし、その情報を元に異端者狩りのようなことをしているわけだ。
女はトルケマダ自身の享楽に使われるだけじゃなく、貴族や宗教家に融通されてもいる。王都の大物たちがトルケマダの屋敷に訪れるのはそのためだ。
俺はトルケマダがどんなルートを使って女たちをリストアップしているのか、ソフィアに調査を頼んでおいたのだ。
ただ、ソフィアは今回の件についてはあまり乗り気ではないらしい。
「ドン、これだけ短い間にルブラン家の信頼を勝ち得て、ファミリーを成長させたあなたの手腕は私の想像以上ですし、尊敬しております。しかし、教皇庁の大物であるトルケマダ異端審問官に関わるのはやめておいた方がいいんじゃないかしら」
場所はラ・ボエームにあるソフィアの主室。二人きりになるとソフィアは忌憚なく言った。
「私が協力しているのもファミリーが拡大すれば自分にメリットがあるからです。もし不利益が生じると判断すればあっさり裏切るかもしれませんよ」
「それはソフィア、君の自由だ」
ソフィアは俺の頬を軽くつねった。「私が裏切るなんてできないこと、知っているくせに」
そう、俺はソフィアが簡単に裏切るような女じゃないことを知っている。
ファミリーに加わった頃のソフィアの忠誠心は三十ほどだったが、今では八十。古代数字の横には王命により性交、婚姻、奴隷化可能という文字が並んでいる。
ソフィア・グレイシャーは王都の大物でさえ顔を合わすことができない最高級娼婦。そんな彼女がこんなに忠誠心を持ってくれているのは信じがたい気持ちになるが、以前にも増して献身的になってくれているのは事実だ。
ソフィアはテーブルに書類を置いた。「ポルナイに出入りする女衒の男がトルケマダと取引をしていたの」
その男から辿り、トルケマダに異端者に関する情報を売っている複数の人物と接触したという。机に置かれた書類はこれから捕縛予定の異端者のリストだとソフィアは話した。
書類には十五から十八歳の女の異端者のリストが映し絵付きでまとめられていた。
「よく言われている通り、異端者は容姿が優れていることが多いの。だから、異端者の女の価値はとても高いのよ」
リストを見ながら、夫の前でトルケマダに抱かれた女のことを思い返していた。
トルケマダにあの女は大きな抵抗をしなかった。そればかりか、みるみるうちに従順になり、最後は夫の前で貪るようにトルケマダの体を求め始めたのだ。快楽に耽る妻を前にして夫は震えながら耐え忍ぶしかなかった。
あの光景はトルケマダがいくら魅力的であろうが、不自然すぎる。何かの聖術で女の精神が操作されていたのは明らかだ。
その証拠に、トルケマダ異端審問官は女が反抗する可能性さえ考慮に入れず、隙だらけで行為に及んでいた。もしあの瞬間、強力な異端スキルでも発動されたら一発でアウトだというのに。
考えているとソフィアは俺の膝に乗って尋ねた。
「それで、このリストはドンのお役に立てましたか?」
「ああ、十分すぎるくらいだ。ありがとう、ソフィア」
事実、この情報を得たことで、やるべきことは決まった。それはこのトルケマダ好みの美しい女たちが捕縛される前に、俺に忠誠を誓わせること。そして、俺の王命一つであの鬼畜を殺せる状況を作る、それだけだ。




