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協力者

 当然、トルケマダ異端審問官を殺して欲しいという男の依頼はすぐに判断が下せるようなことじゃない。保留させて欲しいとだけ伝えて、男には帰ってもらうしかなかった。それから一人考えるが、結論は出ない。


 少なくとも男の話に嘘はなかった。俺は男が話している間、娼館の女主ソフィア・グレイシャーが持つ「目利き」というサブスキルを発動していたのだ。


 これは相手の虚偽を見抜く能力だが、「目利き」が正しければ男の話は事実。つまり本当に異端者の少女が貴族たちの性的玩具にされた挙句、死罪を言い渡されたことを意味する。


 異端審問官がいくら異端者を残忍に扱おうが、不問に付されるのが我々の社会だ。聖騎士団に告発したところでなんの意味もなさない。リリーの父親の無念を晴らすことができるのは、闇ギルドくらいのものだろう。

 

 しかしリスクがあまりにも大きすぎる。どれだけ鬼畜な男だろうが、トルケマダ・スロブリンは教皇庁所属の異端審問官。殺したとなると、セシル率いる聖騎士団の捜査の手が及ぶのは間違いない。それはつまり、ファミリー全体を危険に晒すことを意味する。

 

 俺は男から預かったリリーの手紙をもう一度広げた。リリーの文章はこう締め括られる。


「それでも私は希望を抱いています。私と同じような境遇の女の子がこんな話をしてくれたからです。この世界には私たち異端者を統べる王様がいて、どんな辛い境遇の異端者にも救いの手を差し伸べてくれるのだと。だから、いつか私の前にも王様が現れて、お父様やお母様の元へ帰してくれる。その日が来ることを信じて、私は生きています」




 商会を経営する男から殺しの依頼を提示されてから数日後、俺は王都の中心街に来ていた。普段は闇ギルド本部の外に出る時はスキルで顔を変えているが、今日は珍しくレオン・シュタインのままだ。

 

 王都繁華街の裏通り、人気の少ない定食屋に入ると、約束をしていた人物はすでに来ていた。席に座り、静かに食事を摂っているのは第一聖騎士団所属の上級騎士リリスだ。発現スキルは剣聖。セシルの右腕として辣腕を振るう人物で、俺と入団同期でもある。

 彼女の前の席に座るといかにもリリスらしく無表情のまま顔を上げた。


 俺は言った。

「忙しい時に呼び出して悪かったな」


「ご想像の通り、先日の反乱以降、騎士団内の秩序はカオス。忙しいことこの上ない」

 リリスはそう言って、ハンカチで口を拭った。「ただしレオン、あんたからの頼み事と言われたら応じないわけにはいかない」


 リリスが義理堅い性格であることは俺もよく知るところだ。

 数ヶ月前に起きたグリッツとの戦いでリリスを救出した経緯があり、礼は必ずすると言われていた。今回はその礼とやらを有効活用させてもらおうと、リリスを呼び出したのだ。


「怪我はどうなんだ?」


「回復して現場にも復帰している。あんたが救った他の聖騎士も経過は順調だ」 


「それはよかった」


 俺は店員を呼び、聖騎士訓練学校時代に好んで食べていた煮込定食を注文する。この定食屋は俺やセシル、リリス、バンピーなど、同期の連中でよく来ていた馴染みの店でもある。


 俺とリリスが一緒に訪れたことのある店はここしかなかったので、今回の待ち合わせ場所に使わせてもらったのだ。


 料理が来る前にリリスは口を開いた。

「頼まれていたリリーという異端者の件、調べておいたぞ」


 リリスは書類を取り出した。

「リリーという少女は確かに異端審問の結果、死罪となっている。執行日は半年前だ」


「発現した異端スキル名は?」


「夢幻術数。幻覚系の能力だそうだ」


 それからリリスに調べてもらっておいたリリーに関する情報を聞くが、報告書の上ではなんら不審な点はない。異端スキルを発現した少女が、正式な手続きに則って死罪となった。それ以上でもそれ以下でもない話だ。


「それからもう一つご所望のとある異端審問官に関する情報だが、これは外部の人間に気軽に教えられるものではない。教皇庁の大物の情報を漏らしたとなると責任問題に発展しかねないからな」


「上級騎士のお前なら、あの男の警護だってしたことがあるはず。些細な情報だって構わない」

 

 今回リリスと接触した一番の目的はトルケマダの情報を少しでも引き出すためだ。トルケマダ・スロブリンは謎が多いことで有名で、行動も神出鬼没。下級騎士だった俺はあの男のことをほとんど知らない。

 依頼を受けるにしても、トルケマダと接触する手がかりすら何もないような状況なのだ。


 リリスは言った。

「レオン、あんたが今どんな組織にいて、何をしているのか、詮索したり咎めるつもりはない。ただ、あの男を追うのはやめておいた方がいい。聖騎士団、何よりセシル様と対立したくはないだろう」


 俺が黙っていると、聖騎士訓練学校の制服を着た若い男女四人が店に入ってきた。彼らはリリスを見るなり、驚愕の表情を浮かべ直立不動になった。

 リリスが「プライベートだ、楽にしろ」と言うと若い聖騎士見習いたちはやはり緊張した様子で深々とお辞儀をして、離れた席に座る。

 彼らの反応は尤もだ。聖騎士団の花形騎士であるリリスがいるはずもないうらぶれた飯屋で定食を食べてたわけだから。


 リリスは若い聖騎士見習いを眺めながら言った。

「こりゃ、セシル様に噂が伝わるな。レオンと二人で会ってたことが」


「あのひよっこたちは俺のことなど知らないだろう」


 リリスはやれやれと言った感じで首を振った。

「あんたはあのグリッツを捕縛したんだ。以前のような無能騎士のまま認識されていると思ったら大間違いだ」


 リリスはそう言って、ため息一つついてから封筒をテーブルの上に置いた。「これは第一聖騎士団所属の聖騎士としてではなく、同じ釜の飯を食べた古い知人として渡す。受け取れ」


「なんだ、これは?」


「あの男が頻繁に出入りする屋敷に関する情報だ。ただしここの屋敷はレイモンド王子も出入りすることから警備は厳重。もしヘマをして追われるような事態になれば、次に会うときは敵だ。くれぐれも私、そしてセシル様を悲しませるなよ」

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