危険な依頼
ルブラン家襲撃事件の後、俺はセシルに書簡を通じてレオン・シュタインなる男は見つからなかったと伝えた。
我々ファミリー初の依頼不成功となるが、どう考えてもこれが最善策。会ってもセシルの期待に俺は何も応えてやれないし、今何をしているのかと聞かれても何も話せない。
それに今の聖騎士団の混沌とした状況で、セシルは俺ことレオン・シュタインなんかに構っている時間はないはずだ。今頃、この度の襲撃事件の犯人探しに躍起になっていることだろう。
だが予想外にセシルからは返信が届いた。一応聖騎士団長らしく形式に則った礼儀正しい文章ではあったが、大まかに言えばこんな内容だった。
依頼を一度受けた以上、仕事を途中で投げ出してはいけません。報酬を増額し、期限を二ヶ月間延長するのでレオン・シュタインを必ず探し出すこと。
それから、今度王家主催でルブラン公爵の快癒を祝うパーティーがあるので、襲撃事件の功労者であるあなたにも出席して欲しい。
いやいや、依頼の期限を勝手に延長されても困るし、そもそも王家主催のパーティーに闇ギルドのドンが出席するなんてどう考えてもおかしい。その一方的な内容に苦笑するしかない。
当然、断りの書簡を再度送ろうと思っていたのだが、ミチーノファミリーの運営が忙しくなり、セシル関連のことは後回しになってしまった。まぁ頭の片隅には常にセシルがいないわけじゃなかったが。
そう、今現在のミチーノファミリーは設立して初めてと言っていいくらい大忙しなのだ。
どうもルブラン家の件が王都の上流階級層で評判になっているようで、あれから依頼が立て続けに入ってきた。警護の仕事が主だが、お金を徴収してきて欲しい(借金取り案件)、誰かを連れてきてほしい(ソフトな拉致案件)などなど闇ギルドらしい依頼も増えてきた。
筋が悪くなければ闇ギルドである以上、幅広く仕事を引き受けている。そんな中、この仕事をしている上で避けては通れない、実に闇ギルドらしい依頼が舞い込んできた。
「ドン・ミチーノ、噂はかねがね伺っております。なんでも、先日のルブラン家襲撃事件で公爵をお守りしたのもミチーノ・ファミリーだとか」
俺の主室でそう恭しく話すのは王都でも名のある商会を経営する男だ。この裕福な男の深刻な顔つきを見て、面倒な依頼を持ちかけられることはなんとなく察しがついた。おまけに報酬も異次元だ。
「報酬は最低金貨五百枚以上だします。こんなことを頼めるのはドン・ミチーノ、あなたしかおりませんので」
俺の隣に立つカノは途方もない成功報酬に口をあんぐりと開けてしまった。
この時点で普通ならお引き取り願うところだが、男があまりにも切実な表情をしているので話を聞くことにした。
「それで、今回の依頼内容はなんでしょう?」
男はカノに目を向けた。「人払いをお願いできないでしょうか。若い女性の前でするような話でもないのです」
「それなら話は聞けませんよ。ここにいるカノはうちの幹部なので」
男は大きく息を吐いてから、俺の近くに寄ってきて耳打ちをした。「殺して欲しい男がいるのです」
やはりそうかと心の中でため息をつく。公認ギルドが絶対に引き受けることがなく、闇ギルドが得意とする依頼、それは殺し案件だ。いつかは依頼されると思っていたが、実際に依頼主の口から聞くと骨の髄がヒヤリとする。
もちろん、すぐさま断りを入れようとすると、男の口から興味深い男の名前が飛び出した。
「トルケマダ・スロブリン、あの男をどうしても生かしておくわけにはいかないのです」
トルケマダといえば教皇庁所属の異端審問官。何より特殊異端者であるニーナを闇ギルドに売ろうとしていた人物だ。殺しなんてするつもりはないのに、俺は思わず男の話に耳を傾けていた。
この男には金持ちの子供らしく貴族学校に通い、手塩にかけて育てた、リリーという一人娘がいた。男が見せてくれた映し絵には、目鼻立ちが整った美しい少女が微笑みを浮かべている。
しかし何不自由なく育てられたこの少女の生活はとある日に急転する。
「娘に異端スキルが発現したのです。そりゃもう妻と一緒に泣きくれました。異端者になれば普通の結婚だって出来ませんからな。それでも娘は娘。普通の暮らしはできなくとも一生不自由のない生活をさせてあげようと私たちは決めたのです」
異端スキルのことは誰にも話さぬよう娘に厳しく言って聞かせ、王都から離れた僻村にこの男の家族は移り住んだという。その静かな生活も突然終わりを告げた。
「あれはリリーが十六歳の誕生日を迎えた頃でした。突然、トルケマダ異端審問官が私たちの家を訪れたのです。驚きましたよ。どこから娘の秘密が漏れたのかと。おそらく、誰かに密告されたのでしょうね。ただトルケマダ審問官は意外なことを私たちに告げたのです」
トルケマダ・スロブリンはリリーを捕縛するつもりはない。むしろ自分は異端スキルを消すことができる。それ相応の報酬を支払ってくれれば、一年ほどで異端者から善良な人間に戻して見せましょう、そう男に話したのだという。
悩んだ挙句、男は多額の報酬を支払い、トルケマダに娘を預けることにした。一年も娘と離れて暮らすのは辛いことだが、異端スキルが消え去れば、昔のように娘も王都で普通の暮らしができるわけだから。
「それが一年ほどたったある日、突然教皇庁から書簡が届いたのです。すぐには信じることができませんでした。書簡にはこう書かれていたのですから。異端審問の結果、娘の死罪が決まったと。しかも事後通知。娘はすでに処刑されていました」
男は胸ポケットからくしゃくしゃになった便箋を取り出した。「何より私はこれが許せない。これは教皇庁から返還された娘の洋服に隠されるように縫い付けてあったリリーの手紙です」
手紙にはリリーの自筆でトルケマダから連れ去られた後の出来事が綴られている。正直、読み進めるのも心苦しい日々だった。
簡潔にまとめると、リリーは初めはトルケマダの愛人として、次に王都の貴族の玩具として弄ばれる生活を送った。
美しい顔立ちをした良家の娘ということでリリーを抱きたがる上流階級層の男は実に多かったようだ。
特にリリーを可愛がった人物としてあの男の名前があった。リリーはこう記している。
「レイモンド王子に飲まされた薬のせいで、私は頭も体もおかしくなってしまいました。あの男の言葉の前ではどんなことも抗うことができないのです」
そして一年もの間弄ばれたリリーは、誰かの子供を孕んだ後、異端審問にかけられ死罪となったのだ。
男は言った。
「ドン・ミチーノ、お願いです。トルケマダを、あの男を殺してください」




