幕間 レイモンド王子の嫉妬 (三人称視点)
レイモンド王子はカポネファミリーのトップであるルイ・カポネの前で荒れ狂っていた。
「この王子たる僕が最大限に協力してやって、結果がこれか!? 耄碌したクソジジィのルブラン公爵を殺せなかったばかりか、最低限の達成条件であるエレナ・ルブランの拉致も不首尾に終わったじゃないか! どう責任を取るつもりだルイ・カポネ!」
先日のルブラン邸で起こった計略はレイモンド王子と闇ギルド「カポネ・ファミリー」が共同で計画したものだった。
計画の概要はこうだ。
とある異端者の力を使い、聖騎士に反乱を起こさせ混乱状況を作り出す。その最中、カポネ所属の異端者がジャン・ルブランを殺害し、エレナ・ルブランを拉致するというものだった。
計画の都合上、ジャン・ルブランの殺害はセシルの前で行わないとならないため難易度が高いが、エレナ・ルブランの拉致は最低限成功するとカポネ側は踏んでいた。
その場でジャン・ルブランを殺害するのが何より一番だが、エレナ令嬢を拉致するだけでも十分な戦果だ。
娘を誰よりも可愛がるあの叔父のことだ。エレナ令嬢を救うためには、どんな要求だって受け入れるだろう。王都の政治から引退させ、ルブラン領に隠居させることくらいは容易なはずだとレイモンド王子は考えていた。
当然、聖騎士の反乱、そしてエレナ・ルブランの拉致を許した責任によりセシルは聖騎士団を引退。さらに口うるさい叔父もいないとなれば、セシルとの婚姻をいち早く進めることができる。セシル・ウェイブを毎晩抱き、子種を授ける日々が早々やってくるはずだったのだ。
レイモンド王子はテーブルを拳で叩きつけた。
「何か言ったらどうなんだ! ルイ・カポネ! 下賤なお前らにこの僕が時間を割いてやってるんだぞ!」
ルイ・カポネは鷹揚に葉巻の煙を吐き出してから言った。
「私どもとしても予想外でしたよ。訳の分からない能力を持ったルブラン家の私兵が乱入するわ、セシル聖騎士団長がルブラン家を離れてエレナ令嬢の保護に行くわ、通常起きないことばかりの現場でしたからな」
そう、最初の誤算は恐ろしく能力の高いルブラン家の私兵の登場だった。
ジャン・ルブランの殺害を担当するのは高レベルの自己再生スキルを持つ異端者。その異端者はセシルに勝てなくとも、できるだけ持ち前の再生能力で時間を稼ぐはずだった。傷を負った公爵は時間が経つほどに死へと近づいていくのだ。
それがルブラン家の私兵が登場し、たったの一撃でたちまちにその異端者の戦意を喪失させてしまった。それはまるで異端者の心を操作したかのようだった。
エレナ・ルブランが敏捷力に優れたルブラン家の私兵と一緒に屋敷をいち早く抜け出したのも誤算だった。
異端者にすぐに追わせたが、セシルがエレナ・ルブランを保護するために戦闘が続く屋敷を一人離れるなどというイレギュラーことが起き、拉致計画は失敗に帰したのだった。
その後、セシルがどうやってエレナ令嬢を保護したかレイモンド王子は詳しくは知らなかったが、ルイ・カポネが話すことは想像もつかないことだった。
ルイ・カポネは愉快そうに笑いながら、一枚の映し絵を差し出した。「まさか、聖女様がこんなところに姿を現すとはね」
怪訝な顔つきでレイモンド王子は映し絵を手にとり、そして目を見張った。
顔はケープで隠されているが、その女がセシルであることは一目で分かった。驚いたのはセシルの格好だ。
胸と腰だけを隠す身軽な盗賊風の格好で、レイモンド王子が喉から手が出るほど触れたいセシルの肌が大胆に露出している。特に王都の男たちの妄想を掻き立てる、あの神秘的で豊満な胸が強調されていて、否応にもレイモンド王子の視線を惹きつけた。
その神々しいまでの美しさにレイモンド王子は改めて惚れ惚れとするが、セシルの視線の先にいる男を見ると、そんな気持ちも吹き飛んでしまった。
セシルが見つめる男もまた布で顔を隠していた。この男が誰だかは判別がつかないが、セシルの目つきに見覚えがあった。セシルはレオン・シュタインを見つめるとき決まってこんな目つきをするのだ。そして顔を隠す男を見れば見るほど、こいつはレオン・シュタインなのではないかという疑念が強くなっていく。
そんな疑念はルイ・カポネの言葉によってさらに強固なものとなった。
ルイ・カポネは実に愉快そうに言った。
「エレナ令嬢を追っていたとはいえ、まさか聖女様が私らの経営する連れ込み宿に来てくれるなんて、実に名誉なことですな」
「連れ込み、宿……?」
そう、セシルと男の前にある建物は「御休憩三時間銀貨二十枚」と掲げられた下品な連れ込み宿。なんでも二人はこの建物の中に入って行ったらしい。
レイモンド王子は大声で言った。
「二人はここで何をしたんだ。まさか寝たんじゃないだろうな!」
「王子、冷静になってくださいよ。流石に任務中の聖騎士団長がそのようなことをするなんて起きはせんでしょう。エレナ令嬢を追っていたわけですし」
「証拠はあるのか!? 二人はどれくらいこの下品な場所に滞在していたんだ!」
レイモンド王子が問い詰めると突然ルイ・カポネから笑みが消え、吐き捨てるように言った。
「この後、私らの縄張りの天命の街区で爆破騒動が起きましてな。街は混乱し、二人がどうなったかは掴めてないのですよ。全く、実に不愉快なことだ」
レイモンド王子にとっては天命の街区の爆破騒動などどうでもいいことだった。下世話な宿で体を重ねるセシルとレオン・シュタインのイメージが頭の中で瞬く間に膨らんでいき、想像を絶する嫉妬心で全身が焦げつきそうになる。
レイモンド王子の感情を読み取ったかのようにルイ・カポネは言った。
「そうやきもきする必要もありますまい。もうすぐセシル様はあなた様のものになるのですから」
「どういう意味だ?」
ルイ・カポネは胸元から小瓶を取り出してテーブルに置いた。
「頼まれていた例のものが完成したのです。これは特級異端者に作らせた強力な媚薬。今までの媚薬とはものが違います。ルブラン公爵や聖騎士団のことなど深く考えずに、これを飲ませて、さっさとセシル・ウェイブを孕ませることですな。お代は無料で結構ですから」




