返礼
宿の裏口から外に出ると、大きな爆発音が鳴った。
悲鳴が街に響くとともに視界には混乱する人々が映る。天命の街区に連なる小さな賭場や貴族が出入りする煌びやかなカジノからは一斉に人が飛び出してきた。
冒険者や一般人たちは足で、貴族らは馬車に飛び乗り、この場を離れていく。その間も爆破は一度ならず、二度、三度立て続けに起こる。
俺はぐるりと街を見渡し、不思議な気分だった。以前の俺なら、今この状況にいたら爆破の犯人を見つけ出し、捕縛するために全力を尽くしていたはずだ。
もしくは逃げ惑う最中に転ぶ人々に手を貸して、背中におぶっていたかもしれない。市街で起きた闇ギルド同士の抗争に内心怒りながら、一人でも多くの王都民に向き合っていたことだろう。
それがまさか、自分がこの混乱を引き起こす側の人間になっているとは。そう、今の爆破はキルケによるもの。もちろん俺の指示だ。
隣を走るカノが言った。
「ドン、宿に集まってきていた異端者たちは爆破の現場に移動。カポネ本体に大きな動きはないようです」
カノは多くの依頼をこなすうちに索敵スキルのレベルが上がり、今では異端者を検知することもできるので、実に役に立つ。
「ああ、カポネはルブラン家への襲撃に意識が向いていたはず。まさか、この街が狙われるなんて想像もしていなかっただろう」
おまけにセシル聖騎士団団長がルブラン家の現場を放り出して、カポネの縄張りであるこの街に突然乗り込んでくるという異例すぎることまで起きたのだ。カポネの連中は一体何が起きているのか理解が追いついていないに違いない。俺だってセシルの行動を理解できていないのだ。
まぁなんにせよ、偶然が重なったおかげで、我々ミチーノファミリーがカポネに対してささやかな返礼をするチャンスが回ってきたというわけだ。
この二ヶ月間、俺たちの縄張りである敗者の街区は度々カポネから襲撃を受けた。いずれも住民に被害が出る前に襲撃を鎮圧したが、戦闘の度にうちのファミリーたちは少なからず負傷した。
やられてばかりじゃ俺の指示の結果、怪我を負ったファミリーに顔が立たない。常々、それ相応の返礼が必要だと考えていたのだ。
今回のターゲットは天命の街区にあるカポネの使う事務所と倉庫。一般の王都民には怪我させないよう指示してある。
五度目の爆発が起きた後、俺はキルケにこの街を離脱するよう指示をした。さて俺たちもこの場を離れようとしたとき、カノが俺の腕を引く。
「背後にあの男がいます」
剣を抜きながら、後ろを振り返り、俺はぞくりとした。俺の視線の先には聖騎士の甲冑を着た男の姿。間違いない、ルブラン家で見たレイモンド王子の裏にいた異端者で、カノを始終追っていたのもこの男だ。
男は応戦するつもりはないらしく、剣も抜かずに俺たちの方を無言で眺めていた。
そして男の姿を見れば見るほどに嫌な汗が溢れる。
以前にグリッツという男が聖騎士副団長ナダエルに化けて、俺の前に現れたとき、すぐに違和感を覚えた。顔はナダエルだがその所作が聖騎士のそれではなかったからだ。
目の前にいる男は違う。聖騎士の甲冑を着る長身の男の佇まいは聖騎士そのもの。それでいて頭上には異端者を示す靄が浮いているのだ。
男は身動き一つしないまま、言葉を放った。
「まさかエレナ・ルブランの保護にセシル・ウェイブを引っ張り出すとは恐れ入ったよ。今回の計略の目的がエレナ・ルブランにあると見抜いていたとでもいうのかね?」
俺が何も答えないでいると男は続けて言った。
「身体能力がずば抜けているのは誰もが認めるところだが、君の頭脳に関しては私はそれほど評価してなかったのだけどね」
「お前は誰なんだ?」
男はくるっと背を向けた。「それは私の方こそ聞きたいね。私が知る君はたとえ理由があるにせよ市街地を爆破することなどしなかったはずだ。一体、君は誰なんだ? 」
男はそう口にするとスッと姿を消した。しばらく男が消えた方向を見ていたが、カノが「行きましょう」と手を引いて促し、俺は再び走り始めた。
敗者の街区に帰ってきた後も俺の脳裏には一人の聖騎士の姿が浮かんだままだ。それは騎士訓練学校時代、俺とセシルの教官でもあった人物で、闇ギルドと関係を持つとは考えられない堅物な聖騎士。グリッツが消したと言ったナダエル副騎士団長の姿だった。




