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セシルと俺が訪れてはいけない場所

 なんでこうなったのか、時間が経った今でも理解できていない。

 隣に王都で最重要人物、セシル・ウェイブがいるというのはなんとも不思議な感覚だ。結局断りきれず、エレナ令嬢を連れたカノの探索にセシルに協力してもらうことになってしまったのだ。


 俺はなるべく人通りの少ない王都の街中を選んで走りながらセシルに言った。

「セシル様、やはりあなたは屋敷に戻ったほうがいいのでは!」


「ドン・ミチーノ! あなたの協力でルブラン公爵は保護できましたし、反乱分子はすでに鎮圧したと報告を受けたので、心配は無用! エレナ令嬢が異端者に追われていると言うなら騎士団長としても何かしなければいけないでしょう! それよりこっちの方角で間違いないのですか? 厄介な場所ですよ」


 そう、今俺たちが向かっている先は実に厄介な場所だ。時折届く、カノからの報告を聞きながら走っているうちに俺とセシルは天命の街区と呼ばれる地帯に近づいていたのだ。


 天命の街区はカジノが立ち並ぶ賭場の街で、闇ギルド「カポネファミリー」が縄張りとする地帯でもある。今、俺とセシルがあの街に足を踏み入れるのはかなりまずい判断だ。


 カポネの狂犬グリッツという異端者が聖騎士団の副団長に化け、挙げ句の果てに複数の聖騎士を殺害したのは二ヶ月前。

 成り行きで俺がグリッツを捕縛する形となったが、あれから聖騎士団とカポネファミリーの間には戦争とも言えるほどの抗争が起きた。


 その結果、セシル率いる聖騎士団はカポネ所属の異端者数十名を捕縛し、異端審問送りにした。当然、聖騎士団側も複数名の殉死者を出すこととなった。


 王都新聞に目を通すたびに、セシルがこれほど大きな抗争に打って出たとは半ば信じられない気持ちだったが、俺がファミリーに命じた独自調査によれば内情は紙面以上に苛烈な戦いだった。


 なんにせよ今の状況は、カポネファミリーからしたら敵の大将であるセシル・ウェイブが本拠地に乗り込んできたという格好。もし相手方に勘付かれたら何が起こるか想像もつかない。


 俺は天命の街区近くの人気の少ない裏路地に入ってから足を止めた。


「セシル様、やはりあなたは帰ったほうがいい。ここからは俺に任せてください」


「それはつまり、あなたの仕事に私の能力は不十分だと?」


「いやいや、聖騎士団長セシル・ウェイブの能力を疑う人物なんてここ王都にはおりませんよ。あなたがここから先の街に行く状況がまずいと言っているのです」


 セシルは路地からネオンで輝く天命の街区を見渡した。

「確かにここからは今の格好ではまずいですね。服装を変えましょう」


 聖言を呟くと、セシルは光に包まれた。光が消えると、セシルはケープで顔を覆う盗賊風の姿になっていた。

 

「あなたもルブラン家の甲冑では目立ちますよ」


 同じく聖術で俺も顔を覆う冒険者風スタイルに着替えさせられる。


 着替えが終わると、セシルは真っ直ぐに俺の目を見て言った。

「ところで、今日起きたことをあなたならどう判断しますか?」


「どういう意味です?」


「今日、聖騎士の反乱が起こることは事前に察知しておりました。ただ、これほどまで多数の聖騎士が加わるとは予想していなかった。現場にいたあなたにはどう見えたのか気になったもので」


 それは俺もずっと考えていた。ルブラン家の屋敷で警護する聖騎士が見せた不自然な動き。ただの反乱ではなく、何か、強力な異端スキルが発動していたようにも感じた。


 俺は抱いていた疑問を率直に口にした。

「今日屋敷で起きたことはカポネが関わってるのですか?」


「ええ、間違いないでしょう。聖騎士団とカポネの抗争は続いておりますから。ただ、今日の出来事から判断するに……そう単純な話でもないようです」


 その時、カノの声が脳に響いた。

「ドン! 逃げているうちになんだか怪しげな宿屋に来てしまいました!」


 その報告に少し安心する。カノが伝えてきた宿屋の位置は天命の街区でも俺たちがいる場所から目と鼻の先にある。ようやく俺たちは追いつくことができたらしい。


 俺はセシルにそのことを伝え、宿屋に急いだ。ただ、その宿屋を前にした時、俺の足は止まってしまった。


(カノ、よりにもよってこの宿にエレナ令嬢を連れて行ったのか……)


 カノが逃げ込んだのは宿は宿でも連れ込み宿。御休憩三時間銀貨二十枚からという高級店で、煌びやかな魔導機のネオンがチカチカと点滅している。

 繁盛しているようで、昼間から盛んにことを致す、男女の喜悦に満ちた声がわずかに漏れ聞こえてきた。


 チラリと隣を見るとセシルも固まってしまっている。王都最大の歓楽街であるポルナイに出入りする俺にとっては見慣れた建物だが、聖女セシルが気軽に入れる場所ではないのは明らか。


「あのセシル様、やはりここからは俺が一人で対処しますよ。セシル様はすぐにこの街を離れたほうがいい」


 セシルはしばらく押し黙ってから口を開いた。

「いいえ、これはエレナ令嬢をお守りするためには仕方がないこと。それでは、目立たないよう、二人でこのような宿に入る男女になりきりますよ」

 そう言うとセシルは宿の中に入って行った。


 全く、仕方がないとはいえ、セシルと並んで連れ込み宿に足を踏み入れるなんて世界線が存在するとは……ソフィアが知ったら大いに揶揄われるのは間違いなさそうだ。

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