俺を悩ませる二つの問題
西の湖畔および大森林地帯での抗争から二ヶ月が過ぎた。敗者の街区には新たに鍛冶屋、金物細工屋、古書店などが開店し、俄かに商業活動が活発化して始めていた。
ミチーノファミリーはルブラン家からの報酬を元手に、商活動をはじめたい者に低金利で金を貸し付けることで彼らの後押しをしている。この街には一癖あるが腕のいい職人も多く、王都中心街の冒険者がその噂を聞きつけて武具を買い求めにくることもあるらしい。
一方で通りでひなびた野菜を広げる露天商や、香りのいい串焼きや麺料理を売るお馴染みの屋台も健在で、俺がこの街に来た時の雰囲気も残している。
俺は街の商活動を広げつつも、王都中心街に爪弾きにされた人々が最後に行き着く拠り所である、敗者の街区特有の役割も残したいと考えている。病気持ちや怠け者な人物であってもなんとか暮らせるのがこの街の良さでもあるからだ。
街では新たにファミリーに加えた五人の異端者が常時警備を行っている。カポネファミリーの小さな報復行動は何件か起きたが、いずれも事前に鎮圧することができていた。さらに街全体の治安が向上したのも嬉しい副産物だ。
街が活発になれば自ずと増えてくるのがさまざまな問題。この街のドンと認識される俺の元にもさまざまな依頼が舞い込んでくる。
今日も俺の主室に受付担当のサニがやってきた。「ドン、太っちょピットが面会したいって来てるよ」
「ああ、通してくれ。そろそろ来る頃だと思っていた」
続いてダミ声を響かせて部屋に入ってきたのは太っちょピットだ。「おいおいおい、いつになったら酒の原料が入荷されるんだよぉ!」
「悪い、交渉がうまくいってなくてな。様々ルートを使ってなんとかかき集めてるところだ」
「だから言っただろ、ピット酒を作ればいんだよ。ピット酒をよぉ! あれならクズ野菜で作れるんだからな!」
「ダメだ。ピット酒はこの街で飲む者はいても、王都じゃ売り物にならない」
元金貸しでこの街を牛耳っていたピットも俺が金を貸し出した職人の一人だ。貸した金で酒蔵を再建し、今は酒蔵の主人兼酒職人として働いている。
ただしピットには金を貸す前に一つ条件をつけた。それは「敗者の街区以外でも売り物になる酒を作ること」だ。
ピットが元々作っていたピット酒はクズ野菜を集め、発酵させたもの。味はひどく、金のない敗者の街区以外の人間は飲めたものじゃない。
元々ピットの親は立派な酒職人。ピット自身も正規の酒の作り方は心得ているから、ゆくゆくは敗者の街区以外の地域でも売り出せるんじゃないかと考えたのだ。
ただ、それには大きなハードルがある。
ピットは言った。
「言っただろ! この街の外の住人はな俺たちのことを馬鹿にしてんだ。だから俺たちに原材料を売ってくれねぇんだ!」
ピットが怒るのも当然だ。今、敗者の街区は同様の問題を複数抱えているのだ。つまり職人ギルドから敗者の街区に住む職人たちへの原材料の販売拒否問題である。
ここ王都で職人として商売をするものは職人ギルドに加入するのが一般的だ。職人ギルドに加入することで鍛冶屋なら鉄、酒屋なら麦芽というように原材料を卸し価格で取引することができるのだ。
だけれども敗者の街区に住む職人たちはピットも含め、下賎な街に住んでいるという理由で職人ギルドへの加入を断られてしまった。
仕方がなくミチーノファミリーが代わりに闇市などで原材料を買取、出荷することになったのだが、さらなる問題が発生した。
「闇市での原材料調達もここのところ滞っているって話じゃねぇか。大丈夫なのか?」
闇市は表立って商いができない異端者の職人が使う場なのだが、ミチーノファミリーはその市場からも締め出されてしまったのだ。
ソフィアにこの件の調査を頼んでおいたのだが、どうも想像以上に面倒な問題が絡んでいるらしい。なんでも王都でもかなり上位にいる貴族からの指示で俺たちは市場から締め出されてしまったと言うのだ。
俺は言った。
「今、この件についてルブラン家にお伺いを立てているから、しばらく我慢してくれ」
案外ピットは一度やる気を出すと仕事に精を出す性格のようで、早く酒造りを再開したくてウズウズしているのは傍目から見てもよく分かる。
ピットだけじゃなく、他の職人のためにもなんとしてもこの問題は解決しないといけない。
そしてもう一つ、俺の頭を悩ませている問題がある。
(一体全体、セシルからの依頼をどう解決すべきなのだろう)
俺の脳裏には、セシルがこのギルド本部を訪れた夜の光景が鮮やかに浮かんでいた。
二ヶ月前、カポネの狂犬グリッツとの戦いに勝利した夜。俺たちファミリーが夕食を食べている時、彼女がこの屋敷を直接訪れたのだ。
セシルは側近もつけずにミチーノファミリーのギルド本部に一人でやってきた。サニの案内で俺の部屋に入ってくる幼馴染セシル・ウェイブは非現実的にとしか言えなかった。
そして俺たちは久方ぶりに二人っきりで奇妙とも言える対話をしたのだ。




