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幕間 レイモンド王子の災難 (三人称視点)

 レイモンド王子は映し絵に何度もナイフを突き立てた。

「クソッ! クソッ! クソッ!!!」


 何度もナイフが突き刺され、映し絵はボロボロになるが、レイモンド王子の苛立ちは一向に消えない。もう一枚同じ映し絵を取り出し、レイモンド王子はナイフを振い続けた。


 映し絵に描かれるのは元聖騎士レオン・シュタイン。本来ならレイモンド王子と聖騎士団副団長ナダエルがたてた計略で死んでいるはずの男である。


 計略が上手くいけば、この男を消せるだけでなく、幼少期からずっと想いを寄せていたセシル・ウェイブとの婚約も決定していたはずだったのだ。

 レオン・シュタインを追放したところまでは計画通りだったのにと、レイモンド王子はナイフを突き立てながら思い返していた。


 レイモンド王子の計画はこうだった。

 遠征でセシルが不在中にレオン・シュタインを追放する。そしてあの男に幾重もの罪を着せた上で捕縛し、正式な手続きに則り、セシルの前で処刑するのだ。

 聖職者の女に乱暴したと知ったら流石のセシルもあの男を見損なうだろうとレイモンド王子は考えていた。

 

 もちろんただ処刑するだけでなく、あの男には想像を絶する屈辱を与えるつもりでいた。

 セシルに再び強力な媚薬を飲ませ、あの日のように情欲を最大限に高揚させる。そしてレオン・シュタインの前でセシルを自分のものにするのだ。


 恋人を奪われ、絶望しながら死んでいくあの男の姿をどれだけレイモンド王子は思い浮かべたか知らない。


 それがまさか計画がうまくいかなかっただけじゃなく、計画の協力者であるナダエルが闇ギルド幹部だったとは思いもよらない事態だった。


 レイモンド王子の脳裏には今しがた受けた叱責が過ぎる。叔父の言葉を思い出すたびに苛立ちが増し、ナイフを握る手が強くなった。


 今回の事態を重く見た叔父である大貴族ジャン・ルブランはレイモンド王子を謁見の間に呼びつけ、王の前で叱責したのだ。


 赤鬼とも言えるほど怒りの表情で立ちはだかるルブラン公爵を前にしてレイモンド王子は震えるしかなかった。


 ジャン・ルブランは言った。

「レイモンド、副団長に化ける異端者を聖騎士団長に推挙するとはお前の目は節穴か? 危うく国の治安の要である聖騎士団が闇ギルドに乗っ取られそうになったのだぞ!」


 ジャン・ルブランは普段温厚だが、一度火がつくと王すら手につけられないほど怒り狂うことで有名だ。レイモンド王子にとって最も苦手とする人物である。

 そのジャン・ルブランがあの男の名前を口にするのをレイモンド王子は苦々しい気持ちで聞くしかなかった。


 ジャン・ルブランは言った。

「元聖騎士のレオン・シュタインという男に感謝するのだな。あの男は一人ナダエルの正体を突き止め、さらには打ち倒したのだ。何故あのような優秀な男が聖騎士団を離れることになったのかもお前には説明してもらわないといけないな」


 あんなスキルが発現していない無能な男は聖騎士団に必要ありませんと口にしようとした時、叔父がまた声を荒らげたのでレイモンド王子はびくりとした。


「そして、こんな報告も受けている。レイモンド、お前、聖女セシル・ウェイブに媚薬を飲ませ、純潔を奪おうと企んだらしいというが、それは本当のことか!?」


 その言葉にはレイモンド王子の父である国王も驚きの表情を浮かべた。「ま、まさか。ジャン、さすがのレイモンドもそこまで愚かではあるまい。聖女の純潔を奪えばどうなることくらいは誰もがわかっておるであろう」


「兄上。報告によれば、その愚かなことをこのこわっぱは画策したというのですぞ!」


 この国の二大権力者に睨まれたレイモンド王子は一瞬、何も考えられなくなってしまったが、その時生来の悪知恵が働いた。

 そうだ、この機会にこのおいぼれ二人に分からせてやればいいのだと。


 レイモンド王子は言った。

「確かに純潔を失えば聖女の力もまた失われると言われております。ただし例外があることはお二人も知らぬはずがないでしょう」


 ジャン・ルブランは長い沈黙を置いた末に言った。

「それでは、何かね。お前とセシルは真の愛で結びついている。それ故にセシルは聖女の力を失わなかった、そういうつもりで話しているのかな」


「はい、実際に僕とセシルは交わりました。だけれどもセシルの聖女の能力は今も変わっておりません。このことが何よりの証左かと」


 レイモンド王子は意気揚々とポケットから一枚の映し絵を取り出し、ジャン・ルブランに手渡した。その映し絵を見たジャン・ルブランは表情ひとつ変えなかった。


「この件については私も承知している。強力な媚薬を飲まされ、ベッドに連れていかれたとセシルが直接報告してきたのでな」


「それならあなたにも分かってもらえたでしょう。僕とセシルの関係は」


「セシルはこうも言っている。自身の身体を聖術で護っていたことで手を握られた以外は指一本触れられることはなかったと。そればかりか、自分の体を触ろうとするレイモンド王子を聖術で傷つけたことを反省しているとも……」


 その言葉にレイモンド王子は思わず唇を噛み締めた。やっぱりセシル、あの夜の記憶は残っていたのか。そしてあの日の苦い記憶が脳裏に蘇る。

 それはあと一歩でセシルをものにしようという時、強力な聖術で死にかけたあの情けない夜の記憶だ。


 再びジャン・ルブランの表情は赤鬼のような恐ろしいものと変わっていった。

「この能無しの大馬鹿者が! そもそも媚薬を飲ませておいて愛もクソもあるか! お前は身勝手な欲望でこの国を危険に晒したのだ! お前が兄上の子供でなかったら切り伏せていたところだ!」

 それから続く叱責をレイモンド王子は苦々しい思いで聞くことになったのだ。




 レイモンド王子はナイフを映し絵の上に突き立てた。

「これも全てレオン・シュタインのせいだ!! セシルは僕のもの!僕だけのものだったのに!」


 レイモンド王子がいる部屋の壁という壁にはセシルの映し絵がびっしりと貼りめぐされていた。そこには幼少期、まだ二人が仲良かった頃の映し絵も含まれていた。


 同年齢でありながら、セシルはレイモンド王子にとって姉のように自分のことを気にかけてくれる存在だった。そう、あのレオン・シュタインという孤児にセシルが心を奪われる前までは。


 レイモンド王子は一際大きいセシルの映し絵を撫でてから、通信用の魔導機を手にとり、常人なら即死してもおかしくない媚薬をセシルに飲ませるよう指示をした。


(セシル、君を手にいれるためには僕はなんだってするよ。たとえ君や国が壊れようとも……)


 そしてレイモンド王子は魔導機を通して、配下のものに指示を送った。

「三大闇ギルドのボス全員に伝えろ。ジャン・ルブランならびにレオン・シュタインを殺したファミリーにはお前らが喉から手が出るほど欲しい貴族の称号を与えるとな」

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