死闘後の美酒
俺とセネカはカノのスキルを使って人目につくことなく敗者の街区に戻ってきた。血まみれかつボロボロのこの格好だと王都で注目を集めること必死だからリリスを騎士団に送り返したカノが戻ってきてくれたのは助かった。
カポネから即時報復なんて事態を想定していたが、物乞いをするおっちゃんに、ガラクタ売りの露天商。敗者の街区はいつも通りの風景だ。まぁグリッツを撃破したわけだから、相手も無闇矢鱈な反撃は取れないだろう。
ただ、今の平穏な状況はそう長くは続かない。カポネはさまざまな形で俺たちに報復するのは間違いない。それまでにギルドメンバー、すなわち異端者を大幅に増員して、敗者の街区の警備体制を整える必要がある。いいか悪いかは別として、猫探しを主な稼ぎとしていたミチーノファミリーは全く別の段階に入ってしまったのだ。
歩きながらカノは言った。
「あの女騎士さん、大怪我を負ってるのにずっと現場に戻せ。ナダエルに一矢報いないと気が済まないなんて暴れるから大変でしたよ」
「リリスらしいな。あいつが怪我さえしてなかったら、もう少し楽な戦いになったはずなんだよなぁ」
今回負傷をしていて不覚を取られたが剣聖リリスの実力はあんなものではない。セネカに加えてリリスがいたらグリッツを圧倒することも容易だったはずだ。
「ドンへの伝言も預かってますよ。約束は守る、この借りもいずれ返す、だそうです」
「これまたリリスらしい伝言だな」
帰宅するとサニ、そしてソフィアも残っていて出迎えてくれた。
サニは不安げな顔で声を上げた。
「ドン! 大変だ! 怪我してる!」
俺はサニをいつものように肩に乗せてやった。「見た目はボロボロだがポーションで多少回復したからギリギリ歩けるよ」
ファミリーに囲まれるとようやくホッとする。
帰る途中、カノからこの邸宅で起きたことの報告を受けていたが、皆の顔を見るまで不安だったのだ。
「ソフィア、色々と迷惑かけた、悪かったな」
椅子に座るソフィアは優しい笑みをこぼした。
「こんなことなんでもありませんわ。色々と楽しめましたし」
カノによる報告によれば俺の不在中、こんなことがあったらしい。
聖騎士団が踏み込んできた時、邸宅は宴の最中。騎士らは屋敷にいるすべての人間を一気に捕縛しようとした。リュカ・ルブラン子爵も捕縛された上に粗暴な騎士に蹴りまで入れられてしまったという。
宴を任せていたソフィアは慌てて異端スキル「淑徳の性獣」を発動して騎士全員を行動不能にした。その間にカノが王都に駐在するルブラン家の者に伝書鳥を飛ばし、事なきを得たらしい。
「なぁソフィア、聖騎士を一気に行動不能にするって、お前の異端スキルはどんな能力なんだ?」
ソフィアが答えるより先にサニが無邪気に言った。
「不思議だったなぁ。騎士さんたち地面に倒れて、声を上げているのに、みんな気持ち良さそうだったんだよ。ソフィアさんのスキル、サニにも使ってみてほしい!」
ソフィアは笑って「サニちゃんにはちょっと早いかな」と言った。
「ドン、ここだとサニちゃんの教育に悪いので、二人きりになった時にお教えしますよ。ドンはお疲れでしょう。早く席でお寛ぎになって。セネカ君! ドンにお酒!」
「ソフィア姉さんは相変わらずこき使うなぁ。僕だって今日、結構活躍したのに」
俺はセネカの肩を叩く。
「本当に今日は大活躍だった。たくさん食べて体を休めろ」
俺は食事の準備の間、サニを肩車したままニーナが眠る部屋に向かった。
魔導ランタンを灯すと、ベッドで眠るニーナの姿が目に入る。流石にこれだけ起きないとなると病気とかじゃないのかと疑いたくもなる。ただ表情は柔らかで顔色も悪くはない。
サニは肩からベッドの傍らに飛び降りて、ニーナの頭をさすった。
「ニーナ、お腹空かないのかなぁ。今日の夕食はローストチキンなんだけどな」
その時、サニの言葉に呼応するかのようにニーナから黒い煙が漂い始めた。まさかと思った時にはあっという間にニーナは魔王化していた。そして角を生やしたマニーナはベッドから飛び起きるなり大声を上げた。
「肉じゃ肉! 我に肉を捧げるのじゃ!」
というわけで今晩のメインはローストチキン。さらにジャガイモのシチュー、ライ麦パンがその脇を固め、ジョッキに入った異端のハイボールとサイダーで乾杯した。一口飲むと酒が骨に染み入り、しみじみ生きている実感がする。
一際ものすごい勢いで食べるのはマニーナだ。小柄の女の子とは思えない食欲で、自分のローストチキンをガツガツと平らげ、隣に座るカノの肉にまで手を伸ばす始末だ。
「ちょっと魔王さん、お肉の他にも色々ご飯があるんですから、意地汚い真似はしないでくださいよ!」
「カッカッカ! このちっぽけな肉の一本や二本、すぐに一億倍にして返すから安心するのじゃ! それにさっきから食べてないではないか! すぐによこすのじゃ!」
「嫌です! 私は最後に好きなものを食べる方なんです!」
「よこせ! エルフ!」
「嫌です!」
「マニーナ、俺のをやるよ」
俺はそう言って、皿を差し出すとマニーナは手掴みでチキンをひったくりガツガツと食べ始めた。口いっぱいに肉を頬張りながらマニーナは言った。
「異端者の王! この恩は忘れぬ! 必ずやこの肉の一億倍の生肉をおぬしの前に積み上げて見せよう!」
「いや、それは別にいいや……なんか変な肉混じってそうだし……そうだ、マニーナ、お前に聞きたいことがあったんだ」
「肉をくれたお礼じゃ! なんでも聞くがいい!」
「ニーナにスキルが発現した日、修道院で何があったんだ?」




