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お前は誰だ

 セネカは次々と生起する草や木を手早くナイフで切り裂いていった。


 素早いセネカが加わったことで俺の動きを阻害する植物の勢いが衰えている。俺は行く手を阻む草木を切り開き、ナダエルに斬りかかった。


 ナダエルは初めて自身の剣を抜き、俺の斬撃を防いだ。

「お前は剣術だけには自信があるようだが、私の能力の前では無力! 勝機はないぞ!レオン・シュタイン!」


 ナダエルはそう言うが、剣を交えた感触で言うなら俺のほうが剣術の能力は上。俺は斬撃数を一気に増やし、ナダエルを圧倒していく。そして一瞬の隙をついて、ナダエルの腕に一撃を放った。


 俺の長剣はナダエルの厚い鋼の甲冑を寸断し、ナダエルの腕に深く食い込む。決定打に見えたが、様子が変だ。


(なんだこの腕……)


 俺はもう一度ナダエルの腕を切り付けるが、腕からは血の一滴すら流れていないのだ。


 ナダエルを声を上げた。

「だから私の能力の前では無力だと言っただろ!」


 ナダエルの甲冑の右腕部分がミシミシと音を立てながら裂けるとともに、腕がみるみる大きく成長していった。眼前に突如現れたナダエルの右腕の形姿はまるで大樹。そして樹木の枝という枝が鋭利な槍となって俺とセネカを強襲した。


 俺とセネカは剣とナイフで木の槍を切り落とすが、そのうちの一本がセネカの足を貫いてしまった。


「痛い!」

 セネカは苦痛で顔を歪めながらナイフを振るい続けるが、動きのスピードが格段に落ちているのは明らかだ。


 俺にしても何度か食らった傷跡から血が流れ続けていて、かなり体力は消耗している。


 ナダエルは声を上げた。

「最初から勝負は決まっているのだよ! お前らのような弱小異端者が私に敵うわけがなかろう!」


 一気に畳み掛けるとばかりに無数の木々が俺とセネカを襲った。なんとか対処するものの、防戦一方だ。

 

 セネカが声を上げた。

「兄貴! 何か言葉で僕を励まして!」


「言葉で励ます? こんな時に何を言ってるんだ!」


「前々から気づいていたけど、明らかに兄貴と一緒にいるだけでいつもより能力が上がるんだ。多分、励まされたらもっと能力が上がる気がする!」


 そんな能力は異端者の王スキルになかったはずだと考えているとセネカはまた声を上げた。


「お願い!兄貴!僕に言葉をかけて!」


 半信半疑だったが俺はセネカに声をかけた。 

「セネカ! お前の俊敏性はもの凄い! さらに速度を上げてみせろ! お前ならできるはずだ!」


 次の瞬間、自分でも驚いてしまった。言葉を放つやいなや、本当にセネカの頭上に浮かぶ俊敏力の数値が格段に向上したのだ。まるでエンチャント系の聖術のようだ。


 そういえば以前マニーナに能力を鑑定してもらったが、俺の能力で一番高かったのは攻撃力でも体力でもなく、魔力を示すMANAという数値。もしかして今、俺はなにか魔術のようなものを行使したのか。


「兄貴! すごいよ! 本当に動きやすくなったよ!」


 その言葉通りセネカのスピードがみるみる上がっていったのが傍目にも分かる。ナダエルの樹木はその動きについていけていない。


「鬱陶しいガキめ! 無駄だと言っているだろ!」


 無数の枝と草がセネカを襲うが、セネカのスピードは俺の目も追いつけないほど。セネカはナダエルの攻撃の全てをかわしていく。しかし、セネカが幾度も切りつけても、やはりナダエルは無傷のままだ。


 おそらく、セネカが攻撃している部分は外皮のようなもので、本体はまた別。一体どこにナダエルの本体がいるというのか。しかし考えている暇はない。


「セネカ! 草木を一気に刈り取ってあいつの本体を曝け出すぞ! 」


 セネカと俺は全力で草木を切り裂いた。植物の生育スピードは最早セネカには勝てていない。そして徐々に正体が見えてきた。ナダエルは右半身を植物化しているが、左半身は生身のまま。地面や右半身から伸びる植物で左の本体を守っているのだ。


 このまま二人で生身のナダエルを狙えば勝機が見える。指示を送ろうとした時、セネカが声をあげた。


「うわっ!」


 セネカが傷を負った方の足を滑らせてしまったのだ。ナダエルはその瞬間を見逃さなかった。セネカの片足に草木が一気に巻きついていく。あっという間にセネカは逆さまに宙吊りにされてしまった。


「クソォ!!」


 セネカはナイフで草木を切り落とそうとするが、逆さまの体勢のせいでそれもうまくいかない。その間にも露わになったナダエルの生身の本体が再び植物で覆われていく。


「セネカ! 異端スキルを使ってその場を切り抜けられるか!?」


「僕のスキルは一度使うとしばらく発動できないんだ!」


 その言葉を聞いて握る手に力がこもる。つまり、この瞬間に俺が決めるしかチャンスはない。


 相対するのは聖騎士たちを一瞬で葬り、手負だったとはいえあのリリスすら指一本触れることができなかった程の力の持ち主。元下級騎士が戦いを挑むといったら誰もが鼻で笑うに違いない。


 ただいくら無能と言われようが、俺はずっと努力だけは続けてきた。才能なしの努力馬鹿と言われようが、いく日もいく日も剣を振るってきた。それだけじゃない。任務のパトロール中には誰よりも多くの闇ギルドのゴロツキや異端者たちと相対してきた。あの時間は決して無駄なんかじゃない。


 俺は叫び声を上げながら、ナダエルに向かって一閃を振るう。ナダエルの左手の剣はそれ軽くいなそうとするが、これはフェイント。俺は素早くしゃがみこんでから、ナダエルの胸に向かって全力で剣を突き上げた。


 バキリという骨が砕ける音。傷跡からは血が滲み出る。ナダエルは目を見開いた。

「まさか、お前に一撃を貰うとはな。レオン・シュタイン。しかしたった一撃では私は倒せぬ!何よりお前は剣を引き抜くことすらできないだろう!」


 ナダエルの言う通り突き刺した剣はいくら力を込めても引き抜くことができない。見ると剣が蔦でしっかりと絡め取られているのだ。剣を抜こうとしている間にも俺の首の周りには別の蔦が絡みつき、締め上げられてしまった。


 ナダエルは笑みを浮かべた。

「勝負あったな。レオン・シュタイン。お前は異端者を数多く捕縛していたようだが、所詮は雑魚ども。私に勝てるはずもない!」


 ナダエルが手を動かした途端、鋭い痛みが左足に走った。左の大腿部を草の触手が貫通し、大量に出血している。


「リリスという格好の玩具を奪われたのだ、お前はじっくり苦しめて殺すからな! レオン・シュタイン!」


 その言葉とともに全身を触手が襲った。植物の表面にはご丁寧にも無数の棘でデコレートがされていて、体を貫かれるたびに壮絶な痛みが走る。

 勝利を確信したのか、ナダエルは植物で自分の体を覆うこともせず、俺の体を何度も貫いた。


「兄貴をいじめるな! 僕を離せ!」


 耳にはセネカの叫び声が聞こえる。予想通り、奴はセネカを殺すつもりはないらしい。


 俺は痛みに堪え、なんとか意識を保ちながら、眼前に映る古代数字を眺めていた。30、29、28……。これほど1秒1秒が長いと感じたことはない。ただしかし、体から血が流れるごとにその数字は確実に減っていく。ナダエルの本体はまだ植物に覆われていない。


「これでおしまいだ! レオン・シュタイン!」


 目の前に槍の形をした巨木が現れ、俺の胸にめがけて突進してきた時、ついにその時は来た。俺は腰に下げていた短剣の柄を握った。目の前には俺に忠誠を誓う異端者たちのスキル名が並んでいる。


(みんな、一緒の家族になってくれてありがとな)


 俺はセネカの異端スキル「光速の殺し手」を発動した。


 それからは全ては一瞬の出来事だった。俺の握る短剣はまるでひとりでに動いてるかのように、眼前の巨木、無数の触手、そしてナダエルの生身の体を次々と切り裂いていった。俺とセネカが二人合わせても出せないほどの迸る力が全身に広がり、全てが剣先に送り込まれるような感覚だった。


 ナダエルの生身の左腕を切り落とした時、森には汚い絶叫が木霊した。


「腕! 腕がぁああああ!」


 もちろん左腕だけじゃ終わらない。完膚なきまでにこの鬼畜を切り倒す。スキルの効果が消えた後も俺は短剣を振るい続け、ナダエルの全身から血が迸った。


 気づくと、血まみれのナダエルは俺の前でガクリと地面に膝をつけていた。ナダエルが操る植物は次第に萎れていき、セネカも無事解放された。


 俺は地面に落ちていた自分の長剣を拾い、剣先をナダエルに突きつけた。


「勝負はあったぞ、殺人鬼の変態クズ野郎」


 震えるナダエルは頭をゆっくり上げた。

「な、なんだ、何をした……まさか、今のは……」


「質問するのは俺の方だ。その前に正体を現せ。一体、お前は誰なんだ」

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