壮絶な現場
洞窟を飛び出て、視界に広がる壮絶な光景に心が凍りついた。
地面には多数の騎士が血まみれになって倒れていた。鎧ごと何か鋭利なもので刺された跡があり、明らかにこと切れているものもいる。
俺はまだ息をしている騎士に駆け寄る。「何があったんだ!」
傷を負い、息も絶え絶えの騎士は言った。
「ナダエル様だ。ナダエル様が急に豹変されて私たちを襲ったのだ」
その時、森でまた悲鳴が響いた。鎧が貫かれ、骨が砕ける生々しい音が耳に入る。
「リリス、とにかくナダエルを止めないといけないぞ!」
「元下級騎士のあんたに言われなくても分かってる!」
「まだ怪我が癒えてないんだろ! 大丈夫か!?」
「だから元下級騎士で盗人のあんたに気遣われる気は無い!」
俺とリリスは音の方へと猛スピードで向かう。その合間にもすでに息をしていない騎士たちの亡骸がいくつも通り過ぎていく。こんな現場は前代未聞だ。いつも冷静なリリスの顔にも驚愕の色がありありと浮かんでいた。
森の中でも少し見通しのいい小川が流れる岩場まで来た時、リリスは声を荒げた。
「ナダエル! 貴様、何をしている!」
ナダエルの周りには血を流す騎士が倒れていた。今まで見てきた騎士たちと同様、何か串刺しにされたような跡が残されていた。
ナダエルはこちらを見た。
「丁度良かった。騎士どもを全員殺したら、次はお前たちの元に向かうつもりだったのでな」
「副団長という立場でありながら何故こんなことを!」
「今回の件で私が聖騎士団長に叙任し、騎士団を支配下に収められる可能性は潰えた。ならば騎士団の勢力を少しでも削っておく方が我々としても都合がいいのだよ」
そういってナダエルは地面で呻く騎士の頭を弄ぶように蹴りつけた。
リリスは剣を抜いた。「副団長といえど、容赦はしない!」
リリスは地面を蹴りつけ、ナダエルに向かっていく。そして、剣をナダエルに向かって大きく振るう。だが、ナダエルはこともなげに斬撃をかわした。
リリスは続けて剣を振るうが、全て易々と避けられてしまう。
どうやらリリスは想像以上に深傷を負っているらしい。動き、スピードがいつもの剣聖リリスとはまるで違う。何より配下の騎士の惨状に我を失っている。
俺は言った。
「リリス! 落ち着け! 二人で連動して応戦するぞ!」
俺も剣を抜くが、リリスは剣を振るいながら声を上げた。「あんたはこの場を離れて! ここは責任者である私が対処する!」
その言葉通りリリスは一人斬撃を放ち続ける。ただやはり動きは遅く、ナダエルにかすりもしない。
そして、リリスが剣を掲げながら高く飛翔した時、ナダエルは全く微動だにせずに小さく言葉をつぶやいた。
「古代樹の触手。愚者を緊縛せよ」
言葉が発せられたその刹那、地面から植物のようなものがスルスルと伸びていき、ナダエルに向かって剣を振るうリリスの手足に絡みついていく。
飛翔するそのわずかな間にリリスの身体に次々と植物がまとわりつき、空中に浮かんだままリリスは動きを止めた。
「何をした!」
「分からんか? お前はすでに私の支配下にあるということだ。生きるも死ぬも私の一存次第。ただお前は運がいい。私になびこうともしない、勝気な性格なお前を私のものにしたいと前々から思っていたのだよ」
地面から生える植物はスルスルとリリスの甲冑の中にまで入っていった。植物はまるでナダエルの従順な手足となってリリスの甲冑を脱がし始めた。ついには下着姿になってしまったリリスは声を荒げた。
「一体、何のつもりだ! 貴様も騎士なら正々堂々と剣で勝負しろ!」
「生憎、私は騎士道なんてものを寸分たりとも持ち合わせていないものでね。純潔の契りを破れば剣聖の能力も格段に落ちることだろう」
ナダエルは笑みを浮かべたまま空中で指を動かした。すると植物の触手たちがリリスのまとうシルクの下着に絡みつき始める。リリスは叫び声をあげた。
「やめろ! やめろ! やめろ!」
俺は剣を振りかざしながらナダエルに飛びかかった。ナダエルはいった。
「レオン・シュタイン、お前は私が楽しんでいる間、一人踊っていてもらおう。一つ忠告すると、動きを止めたその瞬間がお前の命が果てる時だ」
気づくと今度は俺の足首に伸びた草が次々と絡み付き始めていた。拘束されないよう剣で草木を切り裂くが、成長のスピードが速すぎてとても追いつけない。
植物と格闘している間にもリリスの怒りの叫びが耳に入った。
「こんなことをするなら一思いに殺せ!!」
普段冷静なリリスの聞いたこともない怒声を聞いていると胸がはちきれそうになる。気づくと俺は剣を振るいながら心の底から怒りの声を上げていた。
「ナダエル! やめろ! リリスにそれ以上手を出すな!」
その瞬間、なにが起きたかは分からないが、植物の成長するスピードが落ちたので俺は周りの植物を一閃した。邪魔する植物がいなくなったその一瞬を利用して、ナダエルの元に飛び込む。
ナダエルはなぜだか俺のことを驚いたような顔つきで見ていた。その隙に乗じて力一杯切りつけるが、ナダエルの首に刀身が触れる寸前のところで緑の蔦が俺の剣に絡みついてしまった。俺は力一杯に蔓を引き剥がし、もう一度ナダエルに斬りかかるが、やはり蔓が邪魔して斬撃は届かない。
ナダエルは大きく目を開いたまま言った。
「レオン・シュタイン……、今のはまさか王命か?」




