俺たちが住む世界
しばらく無言のままリリスと目を合わせた。
剣聖リリスはセシルやバンピーと同じく同期ではあるが、正直騎士団内でも最も苦手な部類の騎士だ。セシルに絶大なる忠誠を誓っている一方で、俺には何かと敵意を向けてくる厄介な存在。
リリスは意外なことを言った。
「あんたを見つけたらセシル様のもとに連れてくるように指示されている」
「それなら話が早い。俺もセシルと会って伝えたいことある」
「でも、あんたをセシル様に会わすわけにはいかない」
「なんでだよ」
不意にリリスがシュッと剣を抜いたので、俺も剣を抜きながら反射的に後ろに飛んだ。続いて飛び込んできたのはリリスの斬撃。俺はそれを剣で受け止めつつ言った。
「どう言うつもりだ?」
「確かめたかったのよ」
「何を?」
「先日、巨石城に侵入したうちの一人はレオン、あんたでしょう」
俺が何も言えず黙っているとリリスは続けた。
「剣の構え、避ける時の癖、すべての動きは疑いようなくあんたそのものだった。能無しとは言え元聖騎士が盗みとは落ちたものね。レオン」
俺とリリスは同期で修練場で剣を打ち合ったことは数え切れないくらいある。確かにリリスなら顔を隠していても剣の癖で正体を見抜くことは可能だろう。
「セシルも知ってるのか?」
「今のセシル様はあんたのことになると知能指数が幼児レベルにまで退化するから気づいていない」
セシルは俺のことになると知能指数が幼児レベルにまで退化する?なんのことか分からない。
「なんにせよリリス、お前はここで俺を捕縛しようというのか。でも俺は捕まるわけにはいかないんだよ」
俺はリリスに剣先を向けた。聖騎士団とできれば争いたくはなかったが、もうそうも言ってられない。
おそらく、巨石城の地下で負ったものなのだろう。リリスの利き腕は包帯が痛々しく巻かれている。手負のリリスにだったら勝機は僅かにある。
思いがけないことにリリスは剣を鞘に納めた。
「今の確認のため。本気であんたとやり合うつもりはない。私が言いたいのはセシル様をあんたに会わすことは王都のためにならないって言ってるの」
「どういうことだ」
「セシル様は聖騎士団長を辞める気でいる」
「やっぱり、セシルとレイモンド王子の婚姻の話は本当だったのか?」
リリスはうんざりした顔で首を振った。
「違う。口にはしないけど、セシル様はレイモンド王子と結婚する気なんてさらさらない。セシル様はレオン、あんたを見つけ次第、全てを投げ出してあんたと行動を共にするつもりでいる。セシル様がここの拠点に頻繁に訪れていたのもその準備のため。そしてそのことが王都にとってどれだけの損失なのかはあんたでも分かるよね」
全く予想だにしていない話ですぐに飲み込めない。なぜセシルが団長を辞めてまで俺と行動を共にしなきゃいけないのだ。リリスは続けた。
「私はあんたがミチーノ商会なる闇ギルドに所属しようがどうでもいい。ただあんたの中に少しでも正義心が残されているなら、セシル様と会わないでもらいたい。セシル様は聖騎士団に絶対になくてはならない存在なの」
リリスはそれにこれはあんたにとっても悪い話じゃないと言った。
「セシル様と会わないと約束するなら、この前の巨石城に侵入した件は見逃すし、あんたが闇ギルドに所属している事実ももみ消す」
リリスはそう言って、頭を大きく下げた。
まさかリリスに頭を下げられるとは思ってもいなかった。ただリリスの言うことは最もだ。子供の頃のようにセシルと俺が行動を共にするなんてできるわけがない。俺は異端者だし、あいつは異端者と対峙する聖女。すでに住む世界が違うのだ。
そして騎士団にセシルが必要なのは俺だって痛いほど知っている。もしセシルを欠くようなことになれば、闇ギルドとの力関係の均衡が崩れ、王都はその様相を大きく変えることになるだろう。
俺は剣を鞘に収めた。
「そういうことなら俺はセシルと会わなくても構わない。ただセシルに話したいことがあったんだ。リリスから、セシルに伝えてもらえるか?」
リリスは頭を上げた。「もちろん」
「副団長のナダエルだが、あいつ、闇ギルドとただならぬ関係を持っている。そして確実に言えることは、ナダエル自身が異端者だ。聖騎士団の上層部はそのことを知ってるのか?」
リリスが目を大きく見開いた丁度その時、洞窟の外から騎士たちの悲鳴が聞こえた。




