急転
扉が開き、外光が洞窟内に差し込んだ。カツカツと歩く音が洞窟内に響く。しかし次の瞬間、目に入ったのはセシルではなかった。
洞窟内に入ってきたのは入団同期でもある、セシルの右腕のリリスだ。リリスは洞窟内を一度見渡してから俺を見定めた。
なぜだか、怪訝な顔つきになったナダエルは言った。
「リリス、セシル様はどうした? 私たちを追ってきているという報告を受けていたのだが」
リリスは彼女らしい淡々とした口調で言った。
「確かにセシル様は西の湖畔まで来られましたが、王家と貴族間で重大な懸念事項が発生し今はその処理に当てられております」
「王家と貴族間で重大な懸念事項? 私はなんの報告も受けておらんぞ。何が起きた?」
リリスは表情一つ変えない。
「我々、王都聖騎士団が誤ってルブラン公爵家のリュカ・ルブラン子爵を捕縛してしまったのです。ルブラン公爵家は王家に対して深い憂慮を伝えて来ております。もちろん王家にしても寝耳の水の事態。宮廷では今、ルブラン公爵の怒りを鎮めるのに躍起になっております」
ナダエルは呆気に取られたようだ。
「どういうことだ? 聖騎士団がよりにもよってルブラン公爵家の令息を捕縛してしまうとは?前代未聞の大失態ではないか。だれだ? そんな失態を起こした無能者は? すぐに懲罰審問でそのものを処罰し、騎士団全体でルブラン公爵家に誠心誠意謝罪せねばならぬぞ」
「はい。ルブラン公爵はミチーノ商会の強制調査を決行した責任者の処罰を求めております」
その言葉にナダエルは固まってしまった。そしてみるみるうちに血の気が引くのが傍目から見てもわかる。
「ど、どういうことだ? なぜルブラン公爵がミチーノ商会と関係がある」
「ですからルブラン公爵家の令息が捕縛されたのはまさにミチーノ商会の屋敷。強制調査を行なった騎士は怪我までさせたとのことです」
ナダエルはしどろもどろに言った。
「ば、ばかな。敗者の街区などにあるあのボロ屋敷にルブラン家の令息がいるわけがないであろう! これは、お前が私を陥れようと謀った偽り言。そうであろう!リリス!」
リリスは首を振った。
「いいえ残念ながら。ルブラン公爵家は本日からミチーノ商会と正式に商取引を結ぶと公表されました。さらに不当な形で金品をナダエル様から要求されたとミチーノ商会側が訴えております。ナダエル様、ご同行を。時は一刻を争います。この件については王自ら裁定をなさるとのことです」
リリスが連行しろと大声で命じると、再び石壁が開き十人ほどの騎士たちが洞窟内に入ってきた。ナダエルはこの状況を信じられないといった顔つきで眺めていた。騎士によって手首にロープを巻きつけられようとした時、ナダエルは怒声をあげた。
「やめろ! 私に気安く触るな! これは何かの手違いだ! 私はレイモンド王子の絶大な信頼を得ている! リリス、こんな不敬を働き、いずれ処罰されるお前の姿が目に浮かぶぞ!」
「ナダエル様。あなた様がルブラン公爵が金獅子と呼ばれる理由を知らないはずがないでしょう。ルブラン公爵はいわば王都の金庫番。財政が芳しくない状況下で王が今回の件をどう捉えるかは想像に難くないはずです」
リリスは続けて言った。
「ルブラン家は今回の問題だけでなく、レイモンド王子による聖騎士団の私物化も疑問視されております。セシル様はずっと密にジャン・ルブラン公爵と情報共有をなされていたのですよ」
その言葉にナダエルはワナワナと震え、視線を落としてしまった。リリスに命じられた騎士はナダエルとナダエル配下の騎士両名の手首にロープを巻きつけて、洞窟から連行していった。
リリスはバンピーに言った。
「あんたは熱心なナダエル派だったみたいだけど、今回の件でナダエル派の騎士は全員取り調べることになっているから、同様に連行するわよ」
「待ってください! 僕はナダエル派なんかではありません! 僕はナダエルに騙され、殺されかけた被害者です! なぁそうだよな、レオン! レオンは全部知ってるよな!」
リリスはそんなバンピーを無視して騎士らに「連行して」と伝える。縛られたバンピーは叫び声を上げ続けた。「レオン! 助けてくれよ! お願いだ!」
ナダエルやバンピーを連れた騎士たちが全員去ると、リリスは俺を見据えた。「レオン、あんたには大事な話がある」




