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逃走の末

 俺は血まみれのバンピーを背負って森の中を必死に歩いていた。徐々にカノのスキル「索敵」の効力が弱まり、背後にいるナダエルたちの気配が遠のいていく。だけれども背後に聖騎士団がいるのは間違いない。


 手負の聖騎士を背負い、聖騎士団に追われている状況に戸惑うばかりだ。そして歩いている間、何度も先ほど見た光景が頭をよぎった。襲撃してきた相手とはいえ何かできたんじゃないか、そんなことを考えてしまう。




 襲撃してきた異端者を圧倒し、「今回の襲撃を指示した人物、そして目的を教えろ」と言った時、何かが狂いはじめた。


 スキル「索敵」の能力に反応したのはナダエルら聖騎士らの気配だった。直感で彼らと顔を合わせてはいけない、そう思った。


 だから俺はすぐにもう一度同じ言葉を繰り返した。「今回の襲撃を指示した人物、そして目的を教えろ」

 早く襲撃に関わった人物を聞き出し、捕縛した上でこの場を立ち去りたかった。


 襲撃者の男は一度躊躇った様子を見せてから何か言葉を発そうとした。だけれども男の口から何かの言葉が生まれることはなかった。


 突然、男の全身がガクガクと震え始めたのだ。一瞬、何かのスキルが発動するのかと身構えるが、男は苦しそうに首元を苦しそうに手で押さえ、体を強張らせた。


 男が嗚咽を漏らし、体を震わせている間、俺は何をすることもできなかった。

 

 そして男が完全に動きを止めた時、ようやく俺は我に帰った。

(間違いなく、絶命している……)


 一体目の前で何が起きたのかもわからない。男の首元には植物の蔦のような模様が生々しく赤く滲んでいた。聖騎士時代、誰かが死ぬ現場に幾度も立ち会ってきたが、目の前で起きたことは異常としか言えなかった。


 何かを考えている暇はなかった。こうしている間にもナダエルが近づいてきている。ここにいてはいけないと、本能が俺に訴え続けていた。


 俺は地面に寝そべるバンピーに声をかけた。

「バンピー、俺は行くからな。お前のことは騎士団に任せるぞ」


 バンピーは大怪我を負っているが治療を施せば回復することだろう。このまま立ち去ろうとしたら、バンピーが呻きながら顔を上げた。

「レオン、置いていかないでくれ……」


「すぐにここにナダエルらが来る。聖術で治癒もしてくれるはずだ。あの異端者はお前の手柄にしろ。これで出世できるぞ」

 

 バンピーは首を振った。

「いいかレオン、聞いてくれ。今の襲撃で俺は死に、お前は瀕死の重傷を負っているはずだったんだ」


「どういうことだ?」


「襲撃を依頼したのはナダエルだ。襲撃が失敗したら、第二の計画が実行されるはずだ。このままだと俺は殺され、お前は聖騎士殺しの濡れ衣をきせられることになる。俺を団長、セシル様のところへ連れて行ってくれ」



 バンピーを背負って森を歩いている間、時折、ナダエルの声が森に響き渡った。

「レオン・シュタイン! 無駄な抵抗はやめて出頭しろ!」


 ナダエルの捕縛率は騎士団でもトップクラスだ。以前に王都で騎士たちから追われた時とは段違いの状況。馴染みのあるこの森でナダエルたちを撒き、バンピーをセシルの屋敷に連れて行こうと計画を立てたが、歩くほどに厳しい状況に陥っていた。


 せめてカノのスキル「シャドーウォーク」が使えたらいいが、先ほど「索敵」を発動したせいでそれもできない。


 とにかく移動のスピードを上げないといかない。そう思い足に力を込めた時、反対に鉛を足に巻かれたかのような重みを感じた。


 この不自然な感覚は聖術か?先日セシルからくらったゲツセマネの祈りほどではないが、足がずしりと重くなり、歩くスピードはかなり遅くなる。このスピードだといずれ追いつかれるのは時間の問題だ。


「仕方がない。計画を変更するしかないな」

 辺りを見回してから歩く向きを変える。そういえば、俺とセシルが過去に使っていた拠点はここからそう遠くはないはずだ。あそこで一時的に身を隠せば、ナダエルをまくこともできるかもしれない。


 記憶を辿って歩いていると、目論見通り大きな石壁が姿を現す。古代文字とも違う不思議な模様が刻まれた石壁で、森を探索中にこれを見つけた時の俺とセシルは一体これは何かと頭を捻らせたものだ。


 隠し扉の一種ではないかと推量したセシルが王立図書館からルーン象形文字という古代文字よりさらに古い言語の注釈書を借りてきて、当てずっぽうで言葉を口ずさんでいたら、偶然石壁が開いたのだ。目の前に洞窟が現れた時、二人で手を取り合って驚いた日を昨日のことのように覚えている。


 俺は幾度となく口にしてきたその言葉を口にすると、あの頃と同じようにズズッと音を立て、石壁が開いていく。暗闇の中に踏み込むと壁は反対に閉じる仕掛けとなっている。


 洞窟に入り暗闇に覆われると背中のバンピーは震える声で言った。

「大丈夫なのかよ、ここ」


「古い洞窟ではあるが、魔物はいないから安心しろ。ここは俺とセシルが昔使ってた拠点だ」


 石壁の中はしばらく細い道が続く。慣れた道なので暗闇でも不自由なく歩くことができる。


 記憶を頼りに壁につけられた魔導ランタンの明かりを灯すと、次の瞬間、視界には懐かしい空間がパッと広がった。二人で作った粗末なベッドにテーブル、読んでいた本もそのまま残されていた。


 外からは想像もできないほどに広々とした洞窟で、簡単な稽古くらいはできる余裕もある。壁にはあの頃の名残で「王都聖騎士団絶対合格!」と書かれた紙がそのまま貼られていた。


「バンピー、とりあえず、そこのベッドに寝かすからな。確か、ポーションや包帯なんかも置いてあるはずだ。出血がひどいから止血する」


「ああ、悪いな。ところで、ここが二人の拠点だったってことは、このベッド、セシル様も使っていたってことか?」


「まぁ、そういうことになるが」


「そう言えば、セシル様のいい匂いがする気がする」


「ってお前変態か。それに、使ったと言ってももう何年も前だから匂いなんて残ってないだろ」


「そうか? セシル様が使うフレグランスの香りがするけどなぁ」


 大怪我を負っておいて、シーツの匂いをクンクンとかくバンピーを前にして呆れるしかない。まぁ、とりあえずポーションを探そうと、備蓄棚を開いて俺は違和感を覚えた。


 どういうわけだか包帯やポーション、非常食の類が全部新しいのだ。そう言えばベッドのシーツも真新しく、過去に使っていたボロ布とは違う。


 誰かが、最近ここに来ていたというのか?困惑しつつも、真新しいポーションをバンピーに投げてやった。「バンピー、運がいいな。上ポーションだ」


 質のいいポーションのおかげで、バンピーの傷は塞がる程度に癒えていった。怪我が癒えてきたからだろう、バンピーの減らず口も戻ってきたようだ。


「本当に羨ましいやつだぜ。幼少期からセシル様と一緒に過ごすなんてよ。ゆくゆくは皇后になられるお方だぞ」


「あの頃のセシルはただのお転婆な女の子だったんだよ」


 その時、外から音が聞こえたので俺はバンピーに喋るなとジェスチャーで伝えた。


 石壁の扉がコツコツと音を立てていた。それからうっすらと耳に届くのはナダエルの声だ。


「このあたりにいることは間違いない。そう遠くにはいけないはずだ」


 胸の鼓動が強くなるが、この洞窟内には流石のナダエルも入ることはできない。


 石壁を叩く音が洞窟に響く中、息を潜めていると、ベッドに寝そべっていたバンピーがすくっと身を起こした。

「感謝してるぜ、レオン。お前がいなければ本当に俺は死んでたぜ」


「礼には及ばない。それよりまだ完全には傷が癒えていない。寝てた方がいいぞ」


 そう言いつつ、外に意識を向けていると、バンピーがベッドから立ち上がった。

「俺はお前の分まで騎士団で出世してやるからな」


「何を言っている……ってどこに行く! バンピー!」


 突然、バンピーは洞窟の入り口に向かって走り始めたのだ。


 その行動の意味を理解した時にはすでに遅かった。


 入り口の石壁まで走ると、バンピーは大声をあげた。

「ナダエル様! 私、バンピー・ウッズは異端者、レオン・シュタインを捕縛しました!」


 続いてバンピーが扉の暗号を大声で叫ぶと、次の瞬間、石壁は音を立てて開き始めていた。

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