ナダエルの思惑(セシル視点)
ナダエル配下の騎士たちは二手に分かれていた。ナダエル自身は西の湖畔に向かい、そしてもう一手は敗者の街区だ。
ナダエル自身は先鋭の騎士五人だけを引き連れて西の湖畔向かったようだが、敗者の街区に向かった部隊はかなりの人員が動いている。一体ナダエルはなぜスラム街なんかに多くの人員を割いたのかは不可解でしかない。
敗者の街区にはミチーノファミリーという小さな闇ギルドがあるのは知っているが強制調査でもする気なのだろうか。そしてナダエル自身が西の湖畔に向かった理由も分からない。
何だか胸騒ぎがして私はリリス一人だけを引き連れて、西の湖畔へ向かった。あそこは私とレオンとの思い出の地。レオンが待ち合わせ場所として指定したのは西の湖畔の気がしてならなかった。
「そもそも、副団長配下の騎士が侵入者に甲冑を奪われたのがこの前の失態の原因。何で団長の責任問題にまで発展しなきゃいけないんですか!」
謁見の間でのことを伝えると、一緒に馬を走らせるリリスは不満げに言った。
「今日は今日とてナダエルは団長に何も言わずに勝手な行動。ナダエル派の騎士の業務を押し付けられた騎士もいて、現場は不満だらけですよ」
「ナダエル派?」
その聞きなれない言葉を聞き返すとリリスはバツの悪そうな表情を浮かべる。「今、騎士団内は二分しているんです」
リリスが話すことはおおよそ想像の範囲のことだった。
騎士団内でも私とレイモンド王子の婚姻の噂が流れていて、私は近く勇退するのではないかという憶測が広がっているらしい。当然、次の聖騎士団団長と目されるのはナダエル。出世を狙う騎士たちはこぞってナダエルのご機嫌伺いをするようになり、騎士団内での私の求心力も急速に落ちているとリリスはいかにも彼女らしく率直に言った。
「リリス、あなたはいいの? 私の部下としてずっとやってもらっているけど」
「王家に入られた後も私は近衛騎士としてセシル様にお仕えするつもりですから騎士団内の出世争いには興味がありません」
私は首を振った。
「あなたほどの人を宮廷内で飼殺すのはあまりにも勿体無いわ。今だったらどんな地位にだって推薦してあげられるから気兼ねなく言ってね」
リリスの表情はサッと暗くなった。
「騎士訓練学校時代からの仲ですから、セシル様が考えていることは察しがつきます」
「あら? 私は何を考えているのかしら?」
「相変わらずレオンのことばかり考えてますよね」
その鋭い指摘に思わず慌ててしまう。
「バ、バカ言わないでよ!レオンのことなんて別に考えてません!」
リリスは一度ため息をついてから言った。
「セシル様が今お辛い状況にいるのは私もよく理解しています。ただこれだけは言わせてください。セシル様は聖騎士団に絶対にいなくてはならない存在ですから」
なるほど長い付き合いなだけあるわけだ。リリスは私の考えていることを本当によく理解しているらしい。
それからしばらく黙って馬を走らせていると、西の湖畔が見えてきた。人気はないが、六頭の馬が湖畔近くの木に括り付けられている。
馬から降りて、木に縄で括り付けられた馬に近づく。一頭の馬の腹には矢が刺さったまま。馬にしてもぐったりとした様子だ。
私は矢を引き抜き、聖術で馬の傷を癒す。馬に徐々に力がみなぎってきて、私はホッと胸をなでおろした。
残りの馬は聖騎士団が保有するもので間違いない。ナダエルは確かにここを訪れたらしい。
「セシル様! こっちにきてください!」
リリスの元に行くと地面に倒れる男の姿。
「死体? そしてこの首の模様は……」
芝生に倒れる男の首には植物の蔓のような模様がしっかりと刻まれていた。これはニーナ・ナイトスカイがいた修道院で見た遺体と同様のものだ。死後硬直していないから亡くなってからそれほど時間が経っていない。いったいここで何が起きたというのだろう。
死体を検分するリリスは男の腕を指し示しながら言った。
「セシル様、この男は異端者のようです」
異端スキル名は「十六夜の分身」。手配書にも上がっている強力なスキルを操る異端者だ。
「そのようね。とりあえず追加の騎士を呼ばなければ」
伝書鳥のミネルバを呼ぶ鳥笛を吹き、騎士団に騎士を十名、西の湖畔に派遣するようメモに書きつけた。
羽ペンを握りながらもあたりを見回して状況を把握する。そこらじゅうにまだ温かい血痕が残されているところから見て、ここにいた人間はそう遠くに行っていないはず。
「私たちはこの血痕をたどることにします」
地面の血痕は森へ向かって残されていた。




