西の湖畔での出来事
「久しぶりだな。ここに来たのも」
王都の西のはずれに位置する湖畔に俺は馬で訪れた。喧騒で満ちる王都とは違って、ここは時折聞こえる鳥のさえずりと、木が揺れる音を除けば静謐そのものだ。この西の湖畔はセシルと俺にとって特別な場所だった。
騎士団に入る前、俺とセシルはこの西の湖畔近くの森の中に拠点を持っていた。セシルは名家であるウェイブ家出身ながら、小さい頃から家出を繰り返すお転婆令嬢だった。俺と行動を共するようになったセシルとは様々な場所で暮らしたが、この西の湖畔近くの拠点が一番思い出深い。
騎士団の入団試験前はこの湖畔で剣術の稽古を重ねたものだ。稽古が終わると湖を眺めながら聖騎士団に入り、王都の治安を守るという二人の夢を語ったのもよく覚えている。
「その未来がまさかセシルが聖騎士団長に、俺は闇ギルドのドンになっているとはな」
ここを待ち合わせ場所に選んだのは好奇の目を避けるためだ。王都一の有名人、さらには王子と婚約の話もあるセシルが男と二人で会っているところをみられて変な噂が広がるのも嫌だった。
西の湖畔は静かで風光明媚な場所であるが、人に危害を与える魔物が時折現れることもあって、王都の住民が訪れることはほとんどないから、まさにうってつけの場所だ。もちろん彼女が来てくれればの話だが。
待っている間、軽い剣の稽古をしてから、芝生に寝そべって体を伸ばす。
太陽を見上げて時間を確認して、俺はため息をひとつついた。太陽の傾きはちょうど待ち合わせの時間が過ぎたことを示していた。
同期のバンピーに伝言を託したものの、多忙なセシルが俺の誘いにのるかどうかは正直自信がなかった。俺の行方をセシルが探してくれているとバンピーは言っていたが、聖騎士団長の仕事がそう易々と時間を割けるほど暇ではないことはよく知っている。
(全く、あのセシルがよく我慢して聖騎士団長なんていう面倒な仕事をやっているもんだよな)
まぁあと一時間ほど昼寝でもしながら待ってみるかと、目を瞑ろうとした時、近くの茂みがガサガサと音を立てた。
やれやれ、獣でも現れたのかと腰の剣の柄を握りながら目を凝らしてみると、木の陰に誰かが立っている。
「まさかセシル……か?」
いや違う、体型からして男だ。そして現れた男を見て思わずぎょっとしてしまった。
木陰から現れた男の顔はまるで拷問を受けたかのように真っ赤に腫れ上がっていた。そしてよく見てみると、知っている顔だ。
「バ、バンピーか?」
男は傷だらけだが間違いなくバンピーだ。バンピーは黙ったままじっとこちらに視線を向けた。
「任務中に怪我したのか?」
バンピーは小さく「大丈夫だ」と答えるが、声が震えているのはすぐにわかった。
「怪我なんて大した問題じゃない」
「セシルには待ち合わせの件を伝えてくれたのか?」
セシルの名前を出すと突然、バンピーはほとんど泣き出しださんばかりに顔をくちゃくちゃに歪めた。
「レオン、悪かった。お前も俺もおしまいだ」
「おい、どうしたんだよ。嫌味なお前らしくないぞ。なにかあったのか?」
俯いて震えるバンピーを当惑しながら眺めていると、今度は離れた木立の方がガサリと音を立てた。弦を引きしぼる音がかすかに聞こえた時俺はとっさに剣を抜いた。
異端者の弓使い。その言葉が脳裏に過ぎるとともに、次の瞬間、まっすぐに射抜かれた弓矢を寸前のところで剣で真っ二つに叩き折る。
「バンピー、これはどういうことだ……」
そんな言葉が漏れた時、湖を囲む森から一斉に武装した人間が姿を現した。ざっと数えただけでも十人以上。状況を理解した次の瞬間、無数の矢があたりに降り注いでいた。




