聖騎士レオン・シュタインという男 (セシル視点)
「セシル、今回の件については実に失望したよ。団長である君がこの誉れ高い巨石城に侵入した異端者をみすみす逃してしまうとはね」
場所は王の謁見室。咎めるというよりは満足げな笑みで私に視線を送るのはレイモンド王子だ。王子の背後には玉座に座る王の姿もある。
私は黙って頭を垂れることしかできなかった。なんせ今回の件は言い逃れのできない大失態だ。目の前でまんまと侵入者を逃しただけでない、リリスにまで怪我を負わしてしまった。
さらには下級騎士バンピーの失踪も重なった。懲罰審問中の騎士の突然の失踪なんて前代未聞だ。ナダエルはバンピーは侵入者が連れ去ったと断言している。つまり王都の財産とも言える聖騎士団騎士一人がみすみす異端者に奪われたというわけだ。
私としては、レオンとの待ち合わせ場所と時間が聞けなかったのも辛すぎる。レオンが待ち合わせ場所に一人立っている姿を想像するだけで胸が痛くなった。ようやく会える、そう思っていたのに。
レイモンド王子は玉座に座る王に向かって言った。
「父上、今回の責は私にもあります」
「どういうことだ? お前にも責があるとは」
レイモンド王子は私に近づいてきて、手を背中に回した。「セシルの犯した失態は婚約者である私が犯したのも同然です」
腰に手が触れると体が燃えるように暑くなる。本当は手を振り払わないといけないのに、体が硬直して何も考えられなくなる。
おそらく今日のレイモンド王子はあの日の夜のように何かの媚薬を飲み、レオンの雰囲気を纏っている。レイモンド王子から発せられるレオンの香りは私が飲まされた強力な媚薬と反応して、私から意思を奪い去る。私のレオンへの想いを利用した王子の狡猾な作戦だ。
レイモンド王子はニヤッと私に視線を送ってから言った。
「父上、どうでしょう。セシルはそろそろ聖騎士団の団長を勇退という形で退いてもらい、予定よりも早く我々の血脈に迎え入れるというのは」
王は白銀のひげを撫で付け私の目を見定めてから口を開いた。
「無論、我々の一族に誉ある聖女を迎え入れるのは実に光栄なことだ。ただしかしレイモンド、神学界では聖女の婚姻に異論を唱えるものも多いのだ」
「父上は一部の神学者が唱える魔王復活などと言った馬鹿げた話を信じているのですか? 魔王など御伽話にすぎません。魔王を滅ぼすと言われる聖女の力もまた必要ないかと」
「聖騎士団の問題もある。レイモンドよ、ここのところルブラン家がこのような懸念を私に伝えてきたのだ。ルブラン家の令嬢が気に入っていたとある聖騎士をお前が追放した疑いがあるとな。無論、私はお前がそのようなことをしないと信頼しておる。ただ今の状況で王家の独断でセシルを騎士団長から下ろすとなると、問題は大きくなるぞ」
レイモンド王子は不満げだ。
「私はセシル自身の能力に疑問を持っているのです。ここ最近の聖騎士団のパフォーマンスは目に余るものがあります。ナダエルから報告を受けましたが、ここのところの聖騎士団は異端者を以前ほど捕縛できていないのですよ」
それは事実だった。ここのところ聖騎士団は以前ほど成果をあげれていない。何が原因か分からない。数ヶ月前から異端者の捕縛者数が急激に下がっているのだ。
パフォーマンスが低下した始めたのはちょうどレオンが追放され、姿を消した日にピタリと当てはまる。もちろんレオンは異端者一人すら捕まえたことのない下級騎士。レオンがいなくなったところで影響があるとは思えないだが。
レイモンド王子は言った。
「父上、副騎士団長のナダエルを昇格させ、騎士団長に据えることを提案します。ナダエルは能力、実績ともに十分。聖騎士団を立て直すにはうってつけの人物でしょう。セシルは勇退させ、私の伴侶として国を支えてもらいます」
私は邪念を振り払い、一歩前へ足を踏み出した。レオンの行方が分からない今の状況で私が騎士団長を降りるわけには絶対にいかない。
「陛下、聖女の名にかけて、必ずや今回の失態は成果で償います。今しばらく職務を全うさせてください」
やらないといけないことは山積みだったけど、まずは全ての要である聖騎士団を立て直さなければいけない。私は異端者の捕縛率が極端に下がっている騎士から話を聞くことにした。
団長室に集めたのは中級騎士五名。複数の異端者を次々に捕縛したことで階級を上げた若い騎士たちだ。以前までは高いパフォーマンスを誇っていたのに、このところ全く成果を挙げていない。
「別に咎めるつもりじゃないのよ。これはあなたたちだけでなく騎士団全体の問題でもあるから。何か不調の原因があるのならそれを知っておきたいだけなのよ」
出来るだけ柔らかな口調でいったつもりだったけど騎士たちは緊張した面持ちで私の顔を見るばかりだった。それもそのはずだ。懲罰審問などを除けばこのクラスの騎士と直接会話することなど珍しいことだ。何かくだけた話題でもふってこの場を和ませたかったけど私はそんな器量を持ち合わせていない。
せめてレオンがいれば事前に彼らの情報を教えてもらうこともできたのに。ここは単刀直入に聞くしかない。
「はっきり言ってここにいる全員がパフォーマンスを落としている。理由は何?」
騎士たちは恐る恐るといった調子で互いに目を交わした。騎士の一人が躊躇いがちに言った。
「チームワークが原因かもしれません」
「チームワーク?」
「ええ、以前まではもっと効率的というか、段取りよく異端者を捕まえることができたのですが。最近は他の騎士との連携が悪いと言うか、ギスギスしていると言うか」
他の騎士との連携か。確かに下級や中級騎士が闇ギルドの異端者と相対するときは騎士同士の綿密な連携は必須かもしれない。
私は彼らがどんな構成で取り締まりをしているのか確認するために羊皮紙を広げた。ただの羊皮紙ではなく、騎士たちがいつ誰とチームを組んで取り締まりにあたり、どんな異端者を捕縛したかが自動で記録されるよう聖術で強化されているから全体像をすぐに把握できる。
聖女スキルが発現し、私が騎士団長に就任して以来、騎士団の細々とした管理は全て副団長に一任してきた。この羊皮紙もちょうど不在だった副団長の部屋から拝借したもので、目を通すのも初めてだった。
やはりここのところ彼らは一人も異端者を捕まえていない。例えば今話していた騎士が最後に異端者を捕縛したのは五ヶ月前。ガンビーノファミリー異端者を捕縛したのちに異端審問にかけたのが最後だ。細かく記録を読むと補佐騎士としてレオンの名前があった。
あくまで補佐で捕縛者としての成果はあげてはいないようだけどスキルのないレオンなりに仕事を頑張っていたんだなと嬉しくなる。
続いて別の騎士の記録に目を移す。やはりガンビーノファミリーの異端者を捕縛。この異端者は一般人が営む質屋に押し入った悪質な暴漢で、私も名前は知っている。チームを組むのは……またもレオンだ。さっきの事例と同じで補佐騎士としてレオンの名前が残されていた。
三つ目の記録を読んだところでようやく私は違和感を覚えた。またレオンの名前が記録に残っているのだ。補佐騎士レオン・シュタイン。
羊皮紙を握る手にじわりと汗が滲んだ。私は団長室に騎士を呼びつけたのも忘れて過去の記録を読みふけった。そして読めば読むほど、心臓が強く高鳴った。
一連の記録に目を通した後、私は動揺をできるだけ伝わらないようにいった。
「ねぇ、あなたたちが成果をあげた時には必ずレオンがいたようだけど、一体これはどういうこと?」
騎士たちは互いに目を交わした後、何か気まずそうな表情を浮かべて下を向いてしまった。
「まさかあなたたちはずっとレオンの成果を横取りしていたんじゃないでしょうね」
私の怒りを察してか一人の騎士が慌てて言った。
「いえ!横取りなんて!スキルのない能無しの手柄は他の騎士がもらってもいいとナダエル様に言われてまして!」
「スキルのない能無しの手柄は貰ってもいい……」
過去にレオンに投げつけた言葉がそのまま自分に跳ね返ってきたかのように、私の心はぐさりと痛んだ。
痛みを押し殺しながら、私はレオンの痕跡を知るべく他の記録も読み始めた。やはり、そうだ。騎士の捕縛の現場には必ずといっていいほどレオンがいた。ただの偶然ではない。それぞれの別個の案件で共通する条件がレオンしかないのだ。
つまりレオンは孤児、能無しと馬鹿にされながら誰よりも成果を収めていたってこと……?
恋人の私に罵倒されても弱音ひとつ吐かずに。スキルが発現しなければ出世できないことを知りながら、ただただ黙々と。王都民に一番近い現場警備に立っていたのだ。一体、私は彼の何を見ていたというの?
そして唯一、レオンの実績全てを知っていたのはナダエルだけだったというわけか。
その時、不意に嫌な汗が背中を伝う。
(副団長のナダエルはこれだけの実績を知ってながらレオンの追放に手を貸したというの?)
私は騎士達に尋ねていた。
「そういえば、朝からナダエルの部隊がごっそり出払っているけど、彼らが何の任務をしているか知っている人はいる?」




