やっぱりソフィアのサービスには恐縮するしかない
即日、ルブラン公爵家側に所望の聖供物を引き渡し、報酬を受け取った。今回のクエストの報酬は金貨二十枚。
便利屋ミチーノファミリーが今も続けている猫探しの報酬とは全く別次元の金額だ。ナダエルにせびられた損失があったものの今月は過去最大の黒字で終わることとなった。
早速屋敷に風呂を造設したいとこだが、まず太っちょピットに金を出すことに決めている。
ピットは自慢の酒蔵を爆破されてから咽び泣く毎日を送っているらしい。お金を貯めていた壺も一緒に爆破され、今じゃほぼほぼ無一文で、恨みを持つ住民から石を投げつけられる始末だ。ガンビーノの報復はうちの問題だから、あいつには悪いことをしたと思っていたのだ。
ちゃんと酒造りを学ぶと言う条件で金を出せば、あいつも心を入れ替えるかもしれない。話によれば、一応親は真っ当な酒職人だったらしいし。
この街には他にも職にあぶれた元鍛冶屋や元彫金師などが住んでいる。職人ギルドの方針についていけなかった者や、何かのいざこざで仕事を追われたものなど、事情は様々だがせっかくの能力を腐らせるのは惜しいことだ。彼らが望めばここ敗者の街区で仕事を再開する後押しをするつもりでいる。
もちろん別に慈善事業でそんなことをやるわけではない。全ては相互利益のためだ。縄張りである敗者の街区の商業活動が活発になれば、依頼も自ずと増えるというもの。ギルドの将来のためには街の発展は欠かせないのだ。
ただこの分野の仕事は俺じゃ手に負えそうにない。彼女の力が必要だろう。
ひと段落がついた頃、ソフィア・グレイシャーに会うために、俺はポルナイに向かった。用心棒の仕事を請け負ってから幾度となくラ・ボエームに出入りしているものの、何度来ても慣れないものだ。
特に最近は俺が訪れるとセネカをはじめとする用心棒や、娼館で働く女性方が俺を入り口で出迎えてくれるからなんとも緊張する。
今日も大勢の男女に頭を下げられながら娼館に通された。全く、これじゃまるで闇ギルドのドンじゃないか。まぁ実際ドンなんだけど。
セネカに案内されて一番奥にある部屋に赴くと、ソフィアは恭しい態度で俺を迎えて入れてくれた。
「ドン、この度の依頼成功おめでとうございます。どうぞ、ソファーでお寛ぎになって」
ソフィアは一応ミチーノファミリーの一人となっているが、同時に取引相手でもある。セシルに似た美貌を持ち、全身から漂う妖艶な雰囲気。そして何より抜け目なく人の心理を読み取ってしまうので、緊張を要する相手だ。
そして今日はいつもとは違う緊張感を覚える。それはソフィアの頭上に浮かぶ古代文字にある。
以前会った時は忠誠心30だったのが今日は50。どうも今回の依頼を成功させたことで忠誠心が上がったらしい。そのせいか、ソフィアの俺への態度がいつもより親密度が増している気がする。
二人きりになるとソフィアはテーブルにグラスを二つ置き、酒を注いだ。
「これで上首尾にルブラン家の後ろ盾を得られそうですわね」
「ああ、これから忙しくなる。ルブラン家が後ろ盾になるという取り決め日が迫っているし、それとは別に縄張りの商業を発展させたい。どちらもソフィアの力が必要だと思って今日は来たんだ」
「私にできることはなんでもお力添えしますわ。ただし一つ条件があります」
突然ソフィアは俺の膝に座り、頭を優しく撫でた。「私の前でそんな悲しい顔をしないでください。例の想い人と何かありましたの?」
「そ、それはな……」
ソフィアの言葉に思わず言い淀む。下手に言い繕ってもソフィアの前ではばれてしまうだろう。
セシルに似るソフィアと一緒にいるからかもしれない。確かに今の俺はセシルのことを考えていた。巨石城で起きたことだけじゃない。バンピーに伝えておいた待ち合わせの件も気がかりだ。忙しい彼女のことを考えて、複数の日時を伝えておいたが、今のところ全て会えていない。
ソフィアは俺の頭を撫でながら言った。
「では私がドンを癒すために練習したサービスをして差し上げましょうか?」
「俺を癒すために練習した?」
何が何だかよくわからないでいるとソフィアは唇を俺の耳元に近付けた。
「レオン、団長の私といけないことしよっか」
突然耳に飛び込んできたセシルの声に俺はビクリと反応してしまった。「な、何を言っている!」
ソフィアはくすくすと笑った。
「嬉しい。やっと私で反応してくれましたね。ドンが元気になってくれて、聖女様の声真似を練習した甲斐がありましたわ」
そう言ってソフィアはぐいっと俺の顔を柔らかな胸に引き寄せてから、抱きしめた。「大きな依頼をやり終えたのですから、少しは楽しんでもらわないと」
耐えられなくなった俺はソフィアを抱えながら立ち上がった。「……とにかくだ、今度のルブラン家との取引はよろしく頼むぞ。うちのファミリーで手が負えるのはソフィアしかいない」




