間一髪での脱出
俺とカノは巨石城を抜け出し、必死に王都を駆け抜けた。敗者の街区に戻った頃にはすっかり夜の帳が下りている。
街の住人が行き交う通りや馴染みのある屋台が並ぶいつもの風景を見るとようやく肩の荷が降りた。
カノは涙ぐみながら声を上げた。
「ドン、私たち無事生きて巨石城から出られたんですよね!」
「ああ」
「そしてほんとに巨石城から聖遺物盗んじゃったんですよね!」
「ああ、依頼成功ってやつだな」
「ドンと一緒に帰って来れて本当によかったですよぉ!」
そう言ってカノは震えながら俺の体を抱きしめた。あのセシルの聖術をまともに浴びたのだ。カノが震えるのも無理はない。
後ろを振り向くと遠くで月明かりに照らされた巨石城がそびえ立つのが見える。自分があの巨城の地下に潜り込み、聖騎士団の最先鋭二人とあいまみれたことを思い出すだけで肝を冷やす。
本当に間一髪だった。セシルは聖術を多重発動することができるが、数を重ねるほど個々の能力が低下することは彼女から直接聞いていたので知っていた。事実、セシルが聖術を詠唱し始めたとき、地下内の明かりが薄まっていたのがその証拠だ。俺はカノに姿を消すことができるシャドーウォークをもう一度使うよう指示した。
だからセシルが俺の兜を脱がした時には、そこに俺たちはまだいたのだ。
次にセシルが洞窟内のアンデッドを掃討するために爆発系の聖術を発動。その瞬間に緊縛は弱まり、俺たちは甲冑を脱いで、カオスと化したあの場を離脱したのだ。
カノは覗き込むように俺をみた。
「なのに、なんでドンは少しも嬉しくなさそうなんですか。あっ! そうか、セシル様はドンの元カノってことですもんね」
自分で話したことにせよ、俺は黙るしかない。
「ドン、大丈夫ですってあの聖女の団長さんならなんの問題もなくアンデッドくらい掃討できますから。だって最強としか言えない動きでしたよ」
「まぁ、そうなんだがな」
土壇場で俺があのスキルを選んだのも、聖属性フルマックスのセシルならアンデッド相手に問題なく対処できると考えたからだ。事実、セシルの無双ぶりは物凄かった。古い図鑑にしか載っていないような伝説のアンデッド達を一気に片付けてしまった。
恐らく俺と手を合わせた時はセシルもリリスも様子見といった感じで手加減をしていたのだろう。俺は全力で剣を受けていたが、もし本気で来られていたら今頃二人とも牢獄の中。本当に危険な場面だった。
ただ冷静になって考えてみると、侵入者である俺たちを逃したのは団長としては失態。セシルの立場を考えると素直に喜べないのも事実だ。
数少ない失態に本人は今頃かなりへこんでいることだろう。
「それにしてもドン、魔物を操れるなんて知らなかったですよ」
「あれか? あれは俺のスキルじゃない。ニーナのスキルだ」
カノは目を丸くする。
「ニーナちゃんのスキルをドンは使うことができるんですか?」
俺は頷いた。「セシルの聖術を食らったことでスキルが解放したんだ」
解放したスキルを説明すると、カノはものすごい能力じゃないですかと言って驚いて見せた。
「でも、それって私のスキルも自由に使えるってことですよね?ドンの役に立ちたいのに、私、最早役立たずじゃないですか」
「いや、そういうわけでもなさそうだ」
意識すると先ほどと同じようにファミリーのスキル名が目の前に並ぶが、どれも使用不可の文字。その隣にはスキルが発動可能までの時間も表示されていた。どうも一度このスキルを発動させると時間を置かなければいけないようだ。
「カノ、ルブラン公爵に今回のクエスト成功を報告するから、書簡の準備をしてくれ。それから」
俺は一呼吸置いていった。
「ニーナが暮らしていた修道院で何があったか調査をしてもらえるか?」




