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幼馴染との交戦

 なんで聖女セシルと剣聖リリスが警備業務の現場にいるんだよ。王都中の人気を集める同期二人を信じられない気持ちで眺めみた。


 騎士二人を気絶させた上で甲冑を奪い、宝物庫の聖遺物を回収するところまでは無事うまくいったのに。やはりここでゲームオーバーか。


 脳にはカノの慌てた声が響いていた。

「ドン! どうします! 兜脱いだら正体がバレてしまいます!」


 俺はサイレントボイスでカノと言葉を交わす。「分かってる! 策を考える!」


「ダッシュ!ダッシュで逃げるのはどうですか!?私50m走2秒台なんで!ドンも足早いじゃないですか!」


「ダメだ!セシルに聖術使われたら一瞬で捕まる! それにこの重い甲冑を着てたらそんなに早く走れないだろ!」


「じゃじゃじゃ、えっと、戦いますか!」

 そう言ってカノはあろうことか剣の柄に手を触れようとした。俺はサイレントボイスで必死に止めた。


「絶対に剣に触れるな!セシルは聖術だけでなく、剣の腕前も一流!さらに隣にいる特級騎士のリリスは剣聖スキルの持ち主!一瞬で致命傷を負うぞ!」


「じゃじゃじゃ、やっぱ逃げましょう!」


 そんな会話をサイレントボイスを通じてしているうちに、剣を抜いたセシルがじりじりと近づいてきた。「姿を現しなさい。さもないと斬り捨てる!」


 最低の状況だ。あろうことかこんな場面でセシルに剣を向けられるとは。


「カノ!とりあえず時間を稼ぐから、俺の裏にいろ!」


 もうどうにでもなれと思い、剣を抜くと、瞬時に痛烈な一打が斬り込まれた。


 剣を振るうのはリリスだ。眉一つ変えない冷徹な表情で鋭い一撃を放ってくる。物凄いスピードだったのでギリギリのところを剣で跳ね返す。続いて二打、三打と鋭い剣筋が放たれる。無心になって打ち返すと、今度はセシルの剣が視界を過ぎる。それもなんとか打ち返し、しばらくの間、俺は二人の斬撃を防ぎ続けた。


 もし異端スキルが発現していなかったら秒で勝負がついていただろうが、能力値が格段に上昇したおかげでなんとか対応はできている。とは言っても、防戦一方で一手誤ればたちまちに戦況は圧倒的に不利となる。


 しばらく二人の剣を受け流していると、セシルは不意に剣を止めた。

「意外にも正統派の剣術。腕もなかなか。ただの闇ギルドの下っ端とは違うようね」


 セシルは剣を構えを解きながら言った。「では、これはどう?」


 セシルが小さな声で聖言を詠唱し始めた。

「ゲツセマネの祈り。聖なる光でもって罪人の自由を奪わんとす」

 

 聖術の発動、そう頭によぎった次の瞬間、セシルから生まれた眩い閃光は俺とカノの体を包みこんだ。そして金縛りになったかのように俺の体は全く動かなくなる。


(なんなんだこの力は……、これがセシルの聖術か……)


 セシルが聖術を使うのは何度も見てきた。どんな凶悪な異端者でさえ恐怖で顔を引きつらせ、時には泣き叫ぶものもいる。セシルが聖術を使う時、いつもそこには絶望があった。


 一体、どれくらいすごいものなのかと思って見ていたが、今ならあの魔女や異端者たちの気持ちが理解できる。圧倒的な力でねじ伏せられているような感覚。抵抗することすらできなかった。


 セシルはカツカツと足音を立てながら近づいてきた。

「むやみやたらに聖術を使うのは好まないけど、あなたがジタバタ足掻くから仕方がなかったのよ。さぁあなたの正体を見せてもらうわ、異端者」


 兜越しにセシルと目を交わす。その表情には記憶にあるセシルの柔らかな感情はほんの少しもなく、向けられる視線はぞくっとするほど冷たいものだ。

 

 この状況で俺ができることはほとんどない。ただ、絶対にカノだけは助けなければならない。

「カノ、聞こえるか?」


「は、はい。なんか指一本、動かせなくなっちゃったんですが、声だけは」


「この前、バンピーという俺の元同僚から聞いただろ? 俺とセシルの関係は」


「えっと、あの日の夜は少し飲み過ぎてしまい、ちょっと記憶が朧げなんです」


 やっぱりカノ、あの日完全に酔っ払ってたんだな。顔も真っ赤だったし、記憶がないのも無理がないか。


「俺とセシルは幼馴染であり、元恋仲だ」


「うへぇ!」


「なんだよ、そのリアクションは」


「だ、だって、あ、あのセシル様ですよ!」


「ああ。それよりしっかり聞いてくれ。セシルといえど聖術を維持するには強い集中力が必要なんだ。そして、今から俺はセシルの聖術を寸断するほどの最低な元恋人を演じる。作戦がうまくいけば体の拘束は解かれ、再び空間は真っ暗闇となる。カノはその隙に乗じて姿を消してこの場を逃げろ」


 この作戦がうまくいくかはわからないが試みてみる価値はある。

 ただでさえ侵入者の一人が俺だと分かったらセシルは動揺するだろう。その上でレイモンド王子とセシルの映し絵を見たことを告げる。そしてセシルの集中力を阻害するようなことを挙げ連ねるのだ。


「セシル、レイモンド王子との一夜はさぞかし気持ちよかっただろ」

「失神するまで可愛がってもらったって言うじゃないか」

「聖なる言葉を発するその口で王子の何を咥えたか話してみろよ」


 そんな下品な発言を連発する最低な元彼役を演じれば、聖術が寸断するほど集中力は乱すこともできるかもしれない。純潔を守るリリスにしても赤面くらいはするだろう。

 正直いえば、セシルとレイモンド王子があんな関係になったとは信じたくないし、そんな情けない言葉を言い連ねる男にもなりたくはないのだが、カノを守るためには手段を選んでいる場合じゃない。


「それで、ドンはどうするつもりなんですか?」


「俺はできる限り二人の動きを止める。カノは一人逃げることだけを考えろ」


「そんなの嫌ですよ、捕まる時も一緒です! ドンに命を預けると誓ったんですから!」


「だめだ。お前はサニのもとへ帰ってやれ。これはドンの命令だ」

 強くそう言うと、カノは押し黙った。


 目の前に立つセシルの手が兜に向かってきた時、俺は覚悟を決めた。


 ただ思わぬことが起きた。それは兜にセシルの指が触れる寸前のこと。セシルは不意に俺の左腕に視線を向けたのだ。


 セシルの視線の先に目を向けると、俺が着る甲冑のつなぎ目から緑の光が漏れている。これは間違いなくスキルの解放。すると脳裏に古代言語が響いた。



「スキル解放条件 聖女による聖術達成」

「王の増強LV2解放 忠誠を誓う異端者のスキル使用可能」


 セシルの聖術を食らったことがスキル解放のきっかけになったのか?そして気づくと視界に古代文字が並んでいた。

 カノ・レインウッド  鷹眼の盗み手

 ニーナ・ナイトスカイ 魔王の器

 セネカ・フォレスト 光速の殺し手

 ソフィア・グレイシャー 淑徳の性獣……


 これは間違いなく俺に忠誠を誓ったファミリーの異端スキル。ご丁寧にそれぞれのサブスキルまで羅列されている。本当にこれらのスキルやサブスキルが発動できるというのか?


 スキル名を読んでいるとセシルは口を開いた。

「こんな時にスキルが解放されるなんて珍しいこともあるものね。でも残念でした。そのスキルがこれから役に立つことはないの。何かのスキルで誤魔化しているけど、おそらくあなたは異端者でしょ? あなたの異端審問の結果は目に見えているわ」


 セシルがそう話す間も俺はこの場を切り抜けられるファミリーのスキルはないか、必死に目の前の古代文字に目を走らせた。


 セネカの光速の殺し手は?あれは一時的に速度を数十倍に上げ、無数の剣筋を相手に放つと言うもの。拘束された今の状態で役に立つかは未知数だ。

 ニーナの魔王の器は何か破滅的なことが起きそうだし、ソフィアやカノの異端スキルについては詳しいことを知らない。


 やはり面倒な元彼を演じるべきか、そんなことを考えている間にセシルの手が兜に触れる。


「さてあなたはどんな異端スキルを持っているのかしら? じっくり検分させてもらうわ」


 兜が取られるその瞬間、追い詰められた俺は最後に目が止まったスキルを半ばやけくそで発動した。魔王の器ニーナ・ナイトスカイの隠れスキル「死霊召喚」。そして次の瞬間、死者の階層は地響きが立ち始めていた。

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