交錯する二人 その2 (セシル視点)
レオンは生きていて、私に会いたいと言ってくれた。その事実だけで胸が一杯になる。
さっさと仕事を片付けて、早くレオンとの待ち合わせ場所と時間を聞きたかった。こんなに心が弾むのはレオンがいなくなって以来なかったことだ。
指示するのも面倒だから私自ら侵入者とやらを手早く捕まえてやろうと、側近のリリス一人を連れて地下へと向かった。
「いつになく上機嫌ですね」側近の女騎士リリスが驚いた顔で言った。「団長が鼻歌を口ずさむなんて」
レオンのことを考えているうちに感情が漏れていたのだろう。私はきっと顔を引き締めた。「愚かな者もいると思ってね。よりによって巨石城の地下に潜入するなんて。まさに袋の鼠じゃない」
「そうですね。しかもセシル聖騎士団団長自ら対処するなど侵入者は考えもしないでしょうね」
「たまには初心に帰って警備の現場に立つのも悪くないと思うわよ」
私は聖言を呟き、地下全体を光で照らした。あらゆる闇は払われ、空間の隅々まで光が満ちた。よし、視界良好。ただ明るいだけじゃなく、これならステルススキルの使い手でも目視することができる。
「相変わらず団長の聖術は神の奇跡としか言えませんね。これだけ大空間の闇、しかも影まで取り払うなんて自然の摂理に反しています」
「リリス、いくらお世辞を使っても俸給は上がらないわよ」
「お世辞じゃありません。これは感嘆です」
私だってリリスがお世辞を使うような人間ではないことを知っている。だからこそ最側近として使っているのだ。レオンのいない今、一番信頼のできる騎士といってもいい。
「さぁ、リリス行くわよ。不埒な悪党をバチっと捕まえようじゃないか!」
「団長、やっぱり今日のテンションおかしいですよ。どんないいことがあったか私だけにこっそり教えてください」
その後も始終リリスから何があったか探られたが、もちろんレオンのことは言わなかった。任務中だというのに幼馴染のことで頭がいっぱいだと知れたら、リリスにどんな皮肉を言われるかしれない。
何事もなく私たちは地下一階から地下二階へと降りるが今の所、侵入者の気配はない。たまたま出くわした甲冑を纏った騎士に今の状況を尋ねると、「騎士を増員しましたが捕縛には未だ至っておりません」
「そう、あなたも警戒を怠らないでね」
「はい、セシル様」
そういって立ち去ろうとした騎士を、私は呼び止めた。「ちょっと待って」
重々しい兜がこちらを向いた。「何でしょう、セシル様」
「念のためなんだけど、兜を脱いでもらえる?別にあなたを疑っているわけではないのだけど」
まさかとは思うけど、侵入者が騎士の甲冑を奪うこともあるかもしれない。目の前の騎士はどっしりとした兜を脱いだ。間違いない。現れたのはナダエル配下の騎士だった。ただ、疑問が脳裏を掠めた。
「あなたはナダエルが扱う特殊班で働く騎士でしょ。なぜ地下にいるのかしら?副団長に呼ばれたの?」
「ええ」
「差し支えなければどんな指示を受けたのか教えてもらえるかしら?」
騎士は無表情のまま答えた。「詳しくはナダエル様に直接聞いてもらえますでしょうか。他言するなと命じられてますので」
「そう……」
騎士はわざとらしいほど恭しくお辞儀をしてから去っていった。私が口を開く前より先にリリスが言った。
「全く、団長は副騎士団長なんかよりもずっと偉いのに、あの態度は腹が立ちますね」
「仕方がないわよ。聖女ってことで私は団長を務めているけど、あの騎士の方が私より年齢も経験も上なんだから」
「年齢や経験なんて関係ないですよ。団長の今まで捕縛してきた異端者の数だけでも歴史的偉業とも言えるんですから」
「愚痴を言っていても仕方がないわ。私たちは目の前にある仕事を片付ければいい。そうしていれば彼らも誰が上にいるかは分かってくれることでしょう」
地下三階、死者の階層まで来るとここ特有の冷たい空気が体を覆った。私は昔からここへ来るとどうも嫌な気分になる。何故ここが死者の階層と呼ばれるか知らないが、本当に死者の魂が漂っているような薄ら寒い気持ちになるのだ。そしてこんな考えに囚われてしまう。
ここに漂うのは今まで私が異端審問にかけてきた異端者の魂で、皆一様に私に強い恨みを抱いている。そして、いつか来る復讐の機会を今か今かと待ち続けている。
もちろん全て、私の妄想に過ぎないけど、ここへ来るといつも不安な気持ちに囚われてしまうのだ。気づくと歩くペースが早くなっていた。この先には宝物庫があるだけだ。早く仕事を終えて、死者の階層から抜け出てしまいたい。
宝物庫の前には全身甲冑姿の二人の騎士の姿があった。どうやら彼らはまだ侵入者を捕まえていないらしい。
「侵入者が出たとのことですが、状況はどうなっているか報告してもらえる?」
「セシル様、侵入者が出たと言うのは魔導機の誤検知だったようです」
「誤検知?」
「ええ、地下をくまなく探索しましたが侵入者が出たという形跡は伺えませんでした」
古い魔導機がネズミか何かを侵入者と誤って検知するケースは時折起きる。本当は予算をかけて魔導機を新調したいところだけど、それにはレイモンド王子の同意が必要だ。ここのところの王子は公私混同が著しく、さまざまな下劣な要求をしてくる。この予算の話にしてもどんな条件を突きつけられるかわかったものじゃない。今は現状維持するしかないだろう。
「ではあなたたちも万が一のこともあるから警戒は怠らないように」
さぁ仕事も片付けたことだし全意識をレオンに傾けよう、そう思ってこの場から離れようとするとリリスが耳元で囁いた。
「あの騎士の甲冑、明らかにサイズ感おかしくないですか?」
サイズ感?リリスの目線の先の騎士に目を向ける。確かに言われてみればブカブカというか、華奢な女の子が大柄の男性用の甲冑を着ているようにも見える。
「ねぇ、あなたたち、念のために兜を脱いでもらえる。まさか聖騎士が侵入者に甲冑を奪われるなんてことはないと思うけど」
どうしたのだろう?私がそう話すと、騎士たちは顔を見合わせ固まってしまった。
何をためらっているのだ。まさか本当に騎士が甲冑を奪われたというの?横にいるリリスが剣の柄を握ると一気に緊張感が増した。私も臨戦態勢に突入する。
「二人とも、早く兜を脱ぎなさい。それとも脱げない理由でもあるの。もし命令に従わないのなら強制的に姿を見させてもらおうじゃないの」
そう言って、私は剣を鞘から引き抜いた。




