交錯する二人 その1
王都に聳える巨石城へと潜入するのは呆気ないくらいにうまくいった。城の構造はもちろん、見回りのシフトも頭に入っていたので俺たちは無事に地下部まで進むことができた。
何よりカノのスキルが役に立っている。特にスキル「シャドーウォーク」の能力はすごい。このスキルは発動するとパーティー全体を透明化するステルス能力。万が一、聖騎士と鉢合わせてもこの能力があれば気付かれる心配もない。
ただ一つ驚いたことがある。カノはこのスキルの存在を知らなかったのだ。
「こんなこと私できるんですか!」
自身のスキルを使い透明になったカノは驚きながら言った。
「いつからこんな能力私扱えるようになったんですか?」
「いやいや、お前と出会った時にはすでにスキルを習得していたはずだが」
異端者の王スキルで自分に忠誠を誓わせた異端者の能力を鑑定できる。カノの頭上には出会った当初から同様のスキル名が並んでいたはず。ちなみに今現在のカノが習得するスキルはこうだ。
カノ・レインウッド
種族:エルフ
異端スキル: 鷹眼の盗み手
サブスキル:索敵 忍び 解錠
隠れスキル:シャドーウォーク サイレントボイス
どうも隠れスキルとは本人が知らない能力のことで、鑑定結果を知って初めて使えるようなのだ。
「サイレントボイスというスキルを使えば私たちの喋り声も周りには聞こえないみたいだし、私、意外と役に立つじゃないですか!」
「ああ、最初の計画だと聖騎士の甲冑を奪う必要があったが、このスキルがあれば一気に宝物庫まで進めるぞ」
今のところは警護に当たる騎士のシフトの裏を掻い潜っているおかげで、数人の騎士としか鉢合わせていない。この調子で今現在いる地下一層から宝物庫の地下三層まで速やかに移動できればこのクエストの成功率は一気に上がる。
そして地下二階に降りると辺りはより一層暗くなった。
巨石城はその名の通り、巨大な石でできている。何百年も前に巨大な石山を無数のドワーフ達が鑿で丹念に削り、現在の城の原型を作り上げたと言われている。王をはじめとする王族が暮らす上層は意匠にこられた芸術品といってもいい煌びやかな建物だが、地下深く進むと洞窟そのものだ。壁にくくりつけられた松明の光を頼りに通路を進んでいくと魔物が現れるんじゃないかと錯覚を起こしそうになる。
足早に暗い道を進んでいるとカノの声が頭に響いた。「止まりましょう。誰か向かってきます」
その言葉通り、暗闇の中、松明を持つ聖騎士がカツカツと足音を立てながらこちらに向かってきた。俺たちの存在には気づいていない様子で通り過ぎていく。
俺がいた頃の巡回シフトが変更になったのかと考えつつ、再び歩き始めるとまた別の聖騎士が俺たちの脇を通り過ぎていった。
カノはサイレントボイスの能力を通して言った。
「さすが宝物庫が近づいてきただけあって騎士さんの数が増えてきましたね」
「いやあの宝物庫は歴史的価値はあるが、それほど王家に重要視されていない遺物ばかり収められているから普段の警備はそれほど厳重じゃない」
「それってどういう意味ですか?」
「どうも先ほどから警備体制が変わったようだ」
巨石城にはいくつもの魔導機のセンサーが張り巡らされている。おそらく知らず知らずのうちに俺たちの侵入がセンサーに検知されて巡回の聖騎士が増員されたらしい。ただしこれは想定の範囲内だ。
「今のところ下級騎士が駆り出されているみたいだからカノのスキルは見破れないだろう。万が一、セシルをはじめ上級騎士らが地下に降りてきたら大変なことになるが、普通そんなことは起きないからな」
「万が一、セシル様が降りてきたらどうなるのですか?」
「それは決まっている。俺たちのクエストはゲームオーバー。間違いなく捕縛され、異端審問行きだ。まぁセシルは侵入者の捕縛なんていう下っ端の仕事はしないから、それは大丈夫だと思うが」
それからも複数の騎士を見かけたが、俺たちには気づかず通り過ぎていった。騎士は増員されてはいるものの、俺たちの侵入はそれほど大きな問題とはなっていないらしく緊張感はまるでない。俺とカノはスムーズに宝物庫のある地下三層に到達した。
地下三層にまで来ると、灯りがなく完璧な暗闇だ。感覚を頼りながら暗闇を進むしかないが、突然人の話し声が聞こえてきて俺とカノは足を止めた。
暗闇で何も見えないが、確かに騎士がこの先にいるようだ。そして耳に入るのは聞き覚えのある声。しばらく囁き声を聞いているうちに憎たらしい顔が頭に浮かんだ。間違いない、副騎士団長ナダエルが誰かと話をしている。
「特殊異端者ニーナ・ナイトスカイはまだ見つからないのか?」そう話すのはナダエルだ。
「幹部連中も早く探し出せと圧力をかけてきているぞ」
「ええ、あの日敗者の街区に向かったことは掴めているのですが、それ以上はまだ」
ナダエルは苛立たしげに「全てはあの強情なシスターのせいで計画が狂ったのだと」と言った。
「本当に馬鹿な女だ。素直にこちらの要求に従ってたら死ぬこともなかっただろうに。団長には気づかれてはいないか?」
「団長はニーナ・ナイトスカイがシスターの殺害に関わっていると考えているようです」
「それでいい。私は上へ戻ってあの下級騎士がベラベラとレオン・シュタインのことを喋っていないか確かめてくる。絶対にセシル・ウェイブとレオン・シュタインを会わせるわけにはいかないからな。場合によってはバンピー・ウッズは消すことになる」
そしてカツカツという足音がこちらへ向かって聞こえてきた。
気づかれないかと思わず体が固まってしまうが、松明を持つナダエルは気にするそぶりもなく俺たちの前を過ぎていった。しばらくすると再び静寂だけが身を包んだ。
俺は混乱していた。ナダエルの話していたことがよくわからなかったからだ。なぜナダエルがニーナの存在を知っているのだ。何より俺とセシルを引き合わせてはいけないってどういうことだ?
なんにせよ今はクエストを完遂しよう。一方踏み出した時、空間全体に照明が灯ったかのように視界がパッとひらけた。それだけじゃない。カノの使うシャドウウォークの効力が切れてしまい、俺たちの姿も明瞭となる。
カノは怯えた顔で言った。
「えっと、急にスキルの効果が切れてしまったのですが……」
俺はあたりを見回した。ただ明るくなっただけじゃない。影という影が消え、あたり一体は不自然な光に満ちている。間違いなく強度の高い聖術だ。
まさかセシルか?いや、それはさすがにありえないだろう、そう考えていたらカノの尖った耳がピンとさらに鋭くなった。
「あの、ドン。なんかすごい人がこちらに近づいているようなんですけど……」
それには俺も気づいていた。凱旋通りでセシルを見た時に覚えた瞬時に捻り潰されそうな圧力を全身で感じる。なんでセシルがこんな些細な案件に直接出向くことになったのだ?
まさかの事態に俺は頭をフル回転させながら、曲がり角の先にいる騎士二人をチラリと見た。
「計画を元に戻すぞ。あの騎士らから甲冑を奪い取り、目標の聖遺物を回収。甲冑を着たままこの場を脱出する。それしか方法はない」




