聖騎士団同期との遭遇
聖騎士団が去ったあと、念の為に酒屋に顔を出すと、客入りは上々で、店内は普段通りの賑わいを見せていた。一緒に来たカノも一安心したようだが、ぶつぶつと不平をこぼした。
「そもそもレオンさんを闇ギルドに引き入れたのは私なんですから、一人で全部背負い込むなんて無しですよ」
「そうは言ってもな」
「ドン、盗みに関しては私の方が先輩。私がいた方が絶対にいいですって」
カノの頭上に浮かぶ古代文字には忍びや解錠といったスキルが並ぶ。聖騎士団が守りを固める巨石城へ侵入し、聖遺物を盗むという今回のクエストではかなり役に立ちそうだ。
危険なクエストに巻き込むのは気が引けるが、ここは二人で力を合わせた方がいいのかもしれない。あれこれ考えているとカノが俺の顔を見て言った。
「あっそういえばドン、今はレオンさんの方の顔ですが大丈夫ですか?」
いつもはスキル「裏の顔」を使って強面の顔で過ごしているが、どうやら今日は一日ずっとスキルを使い続けたせいで効力が切れたようだ。
「まぁたまにはいいだろう。せっかくだから今日は客として酒でも飲むか。なんせ大きな依頼の前だからな。二人だけだが、いわゆるパーティー結成祝いってやつだ」
「って、私もクエストに参加していいんですか!?」
「ああ、サニを悲しませないように二人で頑張ろうな」
「本当の本当ですよ!」
「カノ、喜んでいるが命懸けのクエストになるんだぞ」
「わかってますって。でも嬉しいんです。ニーナちゃんにセネカくん、ソフィアさんはみんな役に立っているのに私は何もできてなくて。ここらで私の能力を見せておかないと」
俺とカノは店の片隅の席に座り酒を頼んだ。ソフィアの娼館から派遣されている店員の女の子が物珍しそうな顔で俺たちを接客をしてくれる。
「ファミリー以外はレオンさんが誰だか知らないから不思議なんですよ。まさか強面のドンだとは誰も気づかないでしょうね」
カノはそういって嬉しそうに笑った。
二人で世間話でもしながら異端のハイボールを飲んでいると、突然「レオン! レオン・シュタインだろ」と声をかけられた。
声の方に顔を向けて俺は思わず体をびくりとしてしまった。隣のカノが不思議そうに首を傾ける。
「お知り合いですか?」
離れた席で顔を真っ赤にして酒を飲むのは聖騎士時代の同期、バンピーという男だ。騎士は酒場にプライベートで出入りするのは禁止されているからこんな場所で顔を合わすとは思ってもいなかった。
何より俺は騎士団に追われている立場。なんとか誤魔化して逃げようかと思っていたら、バンピーは酒の入った木のジョッキを持って俺の横に座った。どうやら捕まえる気はないらしい。
「レオン、騎士団辞めて何しているかと思ったらこんな街にいたんだな」
「お前こそ、いいのか?酒場なんかにいて。上にバレたら懲戒ものだろう」
バンピーは酔っているのか大きく笑ってから俺の肩を叩いた。
「相変わらず頭の硬い野郎だな。お前くらいだぜ、夜間外出もしないし、娼婦を買わない男はよ。今日は美人揃いのいい店ができたっていうからはるばる来てみたんだよ。」
バンピーはそう話しながら目線をカノに向けた。
「なんだ、なんだ。これまた美人なエルフがいるじゃねぇか。おい女エルフ、こんな騎士団辞めた落ちこぼれとじゃなくて、俺と飲もうぜ」
カノは露骨に不快な表情を浮かべて俺に耳打ちをした。
「さっきの副団長さんもそうですが、騎士団所属の方はこんな人ばっかなんですか?」
「いやまぁ、真面目な人も多いんだけどな。あと、こいつはちょっと特殊だ」
この男は貴族出身。その親のコネを使って聖騎士団に入ったタイプで、入団試験の成績も散々だった。聖騎士になってからもそれほど仕事ができる方ではないが、親がおらず、スキルが発現しなかった俺をいつも馬鹿にしてくる面倒な男なのだ。
バンピーはカノに無視されたのが気に入らないらしい。
「おい、俺は天下の聖騎士団所属の聖騎士だぞ。エルフの分際でその態度は生意気じゃねぇか」
そう言ってカノの肩を掴もうとするので俺は手で止めた。「酔いすぎだぞバンピー。早く、営舎に戻ったほうがいいんじゃないのか」
バンピーは俺の手を払い除けてから笑みを浮かべた。
「能無しの分際が俺に説教しようっていうのか? 全くお前は本当情けないやつだよな。騎士団を辞めた当日に暴行事件を起こしたんだろ? セシル様があの件を握りつぶして無かったら、お前は今頃犯罪者だぞ」
もちろんその暴行事件は冤罪だ。ただセシルがそんな対応をしていたことまでは知らなかった。なるほど、だからバンピーは俺を捕まえようともしなかったわけだ。バンピーは続けて言った。
「挙げ句の果てにはこんな汚くて、どうしようもない街で暮らしているとはな。明日の騎士団での話題はお前で決定だよ。無能の王レオン・シュタインここに極まれりってな」
その時、カノが机をバンっと叩いて立ち上がった。見るとカノは真っ赤な顔をしている。
「レオンさんに謝罪してください」
「謝罪? なんでこの能無しに俺が謝罪しなきゃならねぇんだ」
「レオンさんは少しも無能なんかじゃありません」
俺は二人の間に割って入った。「二人とももういいだろ。バンピー、とにかく帰ったほうがいい」
すると今度はバンピーが俺にくってかかってきた。
「レオン、昔からお前のことは気に入らなかったんだよ。薄汚い孤児出身の分際でセシル様と仲良くしやがって」
バンピーは俺の首元を締め上げようとするが、その手が俺に触れることはなかった。
「あーあ、今日は休みだからのんびりしようと思っていたのに色々ある日だなぁ」
バンピーの腕を掴んだのはセネカだ。
「お兄さん、他のお客様のご迷惑になりますので退店してもらえますか?」
「なんだ、このガキは? 汚い手で俺を掴むなよ」
「全く酔っ払いの相手は娼館と一緒で面倒だなぁ」
そう言ってセネカはバンピーを軽々と持ち上げた。その動きに俺は思わず目を細めた。俺が教えた捕縛術を完璧にものにしているばかりじゃなく、全身から発する威圧感がものすごい。それでいて気品もあり、雰囲気は高級娼館で働く用心棒そのものだ。
「ガキの分際で何しやがる!」
「はいはい、みんなの迷惑になるから外に行きましょうね」
持ち上げられたバンピーは店の前の通りにドスンと投げ飛ばされた。店内の客たちは大きな笑い声を上げた。
「いいぞセネカ! この街を馬鹿にするその男をやっちまえ!」
セネカはスキル「殺気」を発動したようで、体にまとう威圧感がグッと増した。
そしてバンピーの酔いも一気に冷めてしまったらしい。
「もしかして、セネカって、あの異端者の切り裂きセネカのことか……」
セネカは無表情のままバンピーを見下ろす。
「さっきから兄貴のことを能無し、能無しって呼ぶけど、手を合わせた感じじゃ兄貴の足元にも及ばない気がするけど。ねぇ立ちなよ、僕が可愛がってあげるからさ」
「いや、あれは、ちょっと酒を飲みすぎただけで……なぁレオン、た、助けてくれないか」
俺はセネカの肩を叩いた。「もう十分だ。これくらいにしておけ」
見るとバンピーのズボンは漏らしてしまったようでずぶ濡れだ。
「バンピー、出世に響くからとにかく帰ったほうがいい。それと、ズボンが濡れているようだが換えを用意させるか」
「いや、いい。っていうかレオン、お前、この街で何してるんだよ。なんで異端者となんかといるんだよ」
俺は何も答えられなくて黙っているとバンピーは続けた。
「仮にも元聖騎士だったお前が付き合っていい人間じゃない」
そしてバンピーは意外なことを言った。
「セシル団長はお前の行方を今でもことあるごとに探しているんだ。セシル団長が知ったら失望するぞ」
セシルが俺の行方を探している?少し意外だったが、それもそうか。無能の俺を追放しようが、レイモンド王子と結婚しようが、幼馴染だったことには変わりがない。
もちろん今や異端者の俺が聖騎士団長と気軽に会うことはできないが、ナダエルのことで直接伝えたいことがあった。
俺は言った。
「バンピー、セシル団長への伝言を預かってくれるか?」




