ドンが狙われた
ちょうど仕事が休みだったセネカに本宅の警護を任せてから、カノとニーナを連れて酒場へと向かった。もしガンビーノファミリーがキルケを送り込んできたのなら開店したばかりの店舗に狙いを定めるのは明らかだ。
通りに出て、酒場に向かってみたものの、とりあえず今の所被害はないらしい。
カノはほっとした表情を浮かべた。
「せっかくのお店が爆破されたらどうしようかと思いましたよ」
「カノ、索敵スキルで魔術使いの場所は分からないのか」
カノは首を捻った。
「なんか街全体に不穏な気配は感じるのですが、どうも居場所が特定できなくて」
やはりそうか。聖騎士団にも索敵スキルを持つものはいるが、捕縛の現場でうまく位置が特定できず、何度もあの魔女を取り逃がしている。おそらく気配を消すなんらかスキルか魔術を使って、身を隠しているわけだ。俺はニーナに言った。
「ニーナ、魔王は何か言っていないか?」
ニーナは指を通りの先に向けた。
「あっちに何かいると魔王さんは言っている」
その先は敗者の街区でも外れの地帯で、目立った建物はピットの酒蔵くらいしかない。とりあえず、店の前で警戒しておこうかと考えていると、咄嗟に体が動いていた。
「お前ら、伏せろ!」
叫びながら俺はカノとニーナに覆い被さった。次の瞬間、大きな爆発音が敗者の街区に鳴り響いた。爆発が収まり、辺りを見回すと煙がピットの酒蔵の方から上がっている。
間違いない。あれはキルケが好んで使う爆発系の魔術。一体何が起きている?なぜピットの酒蔵が狙われたのだ?
キルケは元下級騎士の俺がなんとかなる相手には思えないが、自然と足はピットの酒蔵に向かっていた。
ピットの酒蔵は跡形もなく爆破で吹っ飛ばされていて廃墟と化していた。警戒しながら廃墟に近づくと、もはや馴染み深く思えてきたダミ声が聞こえてきた。
「お、お前! 大事な酒蔵がめちゃくちゃだろ! 弁償しろよぉ!」
続いて聞こえてきたのは女の冷たい声だ。
「ねぇそこのデブ。お前、本当にこの街のドンなの?私はここを縄張りにする闇ギルドが経営する酒屋を爆破してこいって命じられて来たんだけど」
「お、俺がこの街のドンであることは間違いねぇ! おいお前ら、びびってないであいつをなんとかしろ!」
「ピットさん、僕らじゃ絶対かないっこないですって。今の爆発見たでしょ!逃げるが勝ちですよ!」
その声に続いてピットの取り巻きの男たちが廃墟から走って逃げ出してきた。あたりにはピットの悲痛な叫びが響く。
「お前ら、給料倍にするから置いてかないでくれよぉ!!!」
ピットの叫び声の方へと飛び込むと、思わず立ち竦んでしまった。
地面に座り込んで真っ青になるピットの前には一人の女が立っていた。
感情ひとつ伺えない冷徹な表情のその女は、ここのところ王都で起きていた抗争の中心人物、ガンビーノファミリー所属の無情のキルケ。躊躇なく、対立するファミリーの酒場や賭場を爆破し、一般市民も多数殺害してきた悪名高い魔女だ。この女の顔は手配書で何度も見ているから間違えるわけがない。
キルケは今やセシルが王都で一番捕縛したい異端者でもある。まさかピットの酒蔵なんかで顔を合わせるとは思ってもいなかった。
それまでピットを見下ろしていたキルケは不意にこちらを向いた。
「あんたら誰?」
「お前の狙いは俺たちのはずだ。無関係の住民に手を出すな!」
「じゃああんたがうちの縄張りに手を出した闇ギルドの人間ってこと? やっぱこいつがソフィア・グレイシャーを落とせるとは思えなったからようやく納得。でもこいつもドンを名乗っているから一応消しとかなきゃ」
キルケはそう言ってピットに手を向けると、ピットは叫び声を上げた。
「お、俺はドンじゃないです! あっちにいるのがこの街のドンです! 俺はただの太っちょの一般人です!!」
そんな言葉に聞く耳を持たず魔術の詠唱を続けるキルケを見て、慌てて俺はニーナを抱えながら、カノに指示を送った。「カノ! ピットを連れてこの場を離れろ!」
次の瞬間、強い衝撃を感じるとともに視界は爆風で覆われていた。




