聖騎士はそれなりにすごいのです
一口に護衛と言っても護衛対象者が変わるだけで仕事の難易度はガラリと変わる。自然と面倒な対象者は俺のような万年下っ端だった無能騎士がやらなくてはならない。気分屋でわがまま、そして突拍子もない要求をする大貴族ルブラン家のエレナ令嬢はその筆頭にいたと言っていい。
自ずとエレナ令嬢の護衛を押し付けられることが多く、無能、無能と揶揄われながら任務にあたったものだ。
エレナ令嬢がぐずりはじめた時に有効な方法は知っているが、あいにく衛兵からは近づくなと言われている。
「なぁカノ、さっきスイートベリーの茂みを通り過ぎただろう」
「あっ覚えています。よく熟れたスイートベリーでしたよね」
「あれを収穫してきてくれ」
「いいんですか? 持ち場離れてしまって」
「大丈夫。すぐには令嬢の機嫌はなおらないさ」
カノは俺の指示通り、さっとこの場を離れた。カノの持つサブスキル「忍び」のおかげで誰も気づいていない様子だ。すぐにカノは腕いっぱいのスイートベリーを抱えて戻ってきた。
「ちょうど綺麗な小川が流れていたので洗ってきましたよ。令嬢に食べてもらうのにはきれいな方がいいと思って」
「このスイートベリーは令嬢に食べてもらうわけじゃないんだな」
「えっ? 機嫌を直してもらうために収穫したんじゃないですか?」
俺はスイートベリーを摘んだ。「これは俺が食べる分だ。運動前に食べておく。カノも食べたらいい」
「運動前?」
スイートベリーを噛むと甘い汁が口いっぱいに広がる。カノも同じようにスイートベリーを頬張った。
しばらく二人でベリーを食べていると、予想通りエレナ令嬢の鋭い声が響いた。
「ちょっと、そこの二人! なんで任務中におやつを食べているのよ!」
声の方を向くと、エレナ令嬢は俺たちを呆気に取られた顔つきで見ていた。
「私の警護中におやつを食べる人たちなんて初めて見たわ! 一体何を考えているのかしら」
その言葉に批判されてしゅんとしていた隊長が息を吹き返した。
「お嬢様の言うとおりだ! お前ら何食べているんだ!」
カノはもぐもぐとベリーを食べながら言った。
「え、っとスイートベリーです」
「食べているものを聞いているんじゃない! 任務中の緊張感のない態度を問題にしているのだ!」
「いやぁ、半径1キロ以内に人の気配がないから多分大丈夫っすよ」
「でまかせ言うな! そんなことエルフのお前に分かるはずがないだろ!」
隊長はズンズンと近づいてきたかと思うと、カノが抱えていたスイートベリーをばさりと手で払ってから、足で踏み潰した。まさしく今こそベストタイミングだ。
俺は一歩前へ出て、エレナ令嬢に深々と頭を下げた。
「申し訳ありません! この責任は私にあります!どんな罰でも何なりと申しつけください!」
頭を上げると、エレナ・ルブランはふっと笑みをこぼした。
「そうね、緊張感のないあなたたちには罰が必要みたいね。ではそろそろ出発しましょう」
「キャハハハ! あの必死な顔がたまらないわ!」
馬車後部のカーテンを開いて、俺たちを見るエレナ令嬢は実にご機嫌だった。
俺とカノはヘロヘロな表情で、公道を馬ではなく足で走らされていた。
目の前には馬車と馬に乗る衛兵たち。俺たちは馬を取りあげられてしまって、エレナ令嬢から走ってついてくるように命じられたのだ。
時折俺とカノは「早すぎますよぉ! エレナお嬢様!」と声をあげる。その度にエレナ令嬢は嬉しそうに声を立てて笑った。
「こんなに愉快なのは久しぶりだわ。あなたたち、もっと頑張ってみなさいよ! スピード上げるわよ!」
エレナ令嬢が指示を出すと馬車のスピードが上がった。
俺は走りながらカノに小さく言った。
「カノ、スタミナは持ちそうか?」
「大丈夫です。私、馬に乗るの初めてだったので足の方が楽なくらいです」
「このまま、苦しそうな表情は維持しろよ」
「了解です。ドン」
もちろん、これは計画通り。エレナ令嬢は余興のために俺をこんな風に走らせるのが好きだった。オペレーションを円滑に進めるためにはなんだってするのが聖騎士。今の速度は早駆けの馬と同等だから、このまま機嫌よくしてくれれば、時間通りに別荘地に到着するはずだ。
別荘地まであと一時間程の渓谷に差し掛かった時だった。カノはソワソワした様子で辺りを見まわし始めた。尖った耳はピクピクと小さく動いている。
「どうした、カノ?」
「えっと、この先にある橋が陥落しているっぽいです」
「陥落? 見えるのか?」
カノは頷いて答える。この先の橋が通れないなら今のうちに迂回路を使う方が得策だ。俺は走るスピードを早めて隊長に伝えると、不機嫌そうに俺を見た。
「橋が陥落? そんな話、知らんぞ」
「うちのカノは索敵や斥候能力に長けているので間違いないと思います」
隊長は鼻で笑った。
「エルフの言うことなど信用できるか。とにかくこれは越権行為だ。持ち場に戻れ」
どこの馬の骨かもわからない冒険者の言うことを信じられない隊長の判断も理解できないではない。時間のロスにはなるが、一度このルートを進むしかないだろう。
ただカノは依然として不安げな顔つきをしている。
「なんか、妙な気配を感じるのですが」
「妙な気配?」
言われてみれば誰かに見られている、そんな気持ち悪さがある。「カノ、警戒を続けてくれ」
カノの情報は正しかった。大渓谷にかかる橋は完全に陥落し、通行は不可能となっている。隊長は落ちた橋を前にして苦々しい表情を浮かべた。
「迂回路ルートを使う! 戻るぞ!」
隊長の号令と共に、カノが叫んだ。
「ドン! 囲まれてます!」
渓谷の岩場から男たちが姿を現した。それぞれ三日月刀を腰に挿し、その纏う服からしても普通の冒険者ではないことはありありとわかる。目視で確認できるだけでその数は十人。俺たちは渓谷を背にする形で取り囲まれてしまった。
隊長は声を張り上げた。
「賊だ! 防御布陣を張れ!」
三日月刀を振り回しながら襲ってくる賊を、隊長らは長槍で応戦した。なるほどルブラン家の私兵というだけあって、馬車の守りは鉄壁。賊たちは長槍の前に近づくことができない。
令嬢の隣にいる執事にしても只者ではなく、聖術で馬車全体に結界を張り、守りを確固たるものとしている。
しかし、守り一辺倒じゃ、時間のロスが大きい。予定到着時刻からは遅れる一方だし、「裏の顔」スキルの効力だって切れてしまう。俺は大きく深呼吸した。
一分だ。取り囲む賊たちを即座に制圧しなければならない。
「ちょっと! ドン! どこ行くんですか!」
俺は斬り合う前線を抜け、手始めにリーダー格と思われる男を狙う。大きく飛翔し、後頭部に蹴りを入れた。即座に男が地面に崩れ落ちると、一座に動揺が生まれる。
慌て逃げ出す賊は無視して、手当たり次第周りの男たちを制圧する。この程度の相手に刃物は使う必要はない。むやみやたらに殺しはしたくないし、返り血を浴びるのも好みじゃない。的確に頭部を殴打し相手を戦闘不能にすればいい。
俺はスキルが発現しなかった能無しで、ずっと下っ端だったが、これでも聖騎士団訓練学校の主席卒業者。オペレーションは抜かりなくやらせてもらう。
丁度見立た時間一分が経過した頃、馬車の周りにはピクピクと体を震わせる賊たちが転がっていた。
地面に倒れる山賊を見てカノは口をポカンと開けていた。
「ド、ドン、す、すごいっすね」
隊長らはもちろん、エレナ令嬢と執事も目を丸くしてこちらを見ていた。俺は馬車の通り道を作るため、倒れる男を抱え上げながら言った。
「残りの賊が戻ってきたら面倒です。早く出発しましょう」
エレナ令嬢が寝てしまったこともあって、それからはスムーズに旅は進み、「裏の顔」スキルの効力が切れるまでに目的地に着くことができた。
今回の報酬は当初掲示されていた銀貨百枚に加えて、成果報酬として銀貨百枚がボーナスとして割増してもらえ、合計銀貨二百枚だ。俺とカノは銀貨五十枚ずつを分けて受け取り、残りの百枚はギルドの金庫にプールすることにした。
ルブラン家の執事からはこんな嬉しい言葉ももらった。
「本日のことは旦那様に報告しておきます。賊の一件はもちろんのこと、久しぶりにお嬢様の笑顔が見れて助かりました。もしかしたらまた仕事をお願いすることになるかもしれませんね」
馬も貸し出してくれたので、帰りは走らずに済む。
その帰りの道すがら、カノは時折腰に付ける銀貨でずっしりと重くなった革袋を取り出しては、不思議そうな顔で見つめた。そして大事そうに腰にくくりつけるのだが、程なくするとまた革袋を取り出して眺めみた。
「どうしたんだ? カノ?」
俺がそう尋ねると、カノはハッと我に返ったようにこちらを振り向いた。
「いや、あの、私、本当にこんな大金を受け取っていいんですか?」
「それだけの働きをしたんだ、貰って当然だろ」
「だってドンと一緒の額なんて絶対ダメですよ!」
「カノだって十分活躍しただろ。とにかく、早く帰って風呂屋に行って飯食うぞ。サニとニーナが待ってるからな」
「は、はい! 帰りましょう!」




