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わがまま令嬢エレナ・ルブラン

 ジャン・ルブラン。王都に次ぐ商業都市を領内に抱える貴族で、金の保有量は王を凌ぐとも言われている。事実、王家の財政はそれほど芳しくないこともあり、国の維持費の一部をルブラン家に頼っている面がある。


 そのため王家すらもルブラン家には頭が上がらず、あのレイモンド王子がルブラン家の臣下の妻を寝取った時、ジャン・ルブランは烈火の如く激怒し、王子を震え上がらせたのは有名な話だ。


 そんな大貴族から直接依頼が入ることは普通あり得ない。自ずとソフィア・グレイシャーの顔が浮かぶが、なんにせよ依頼は依頼。どんな仕事でもありがたい。


 俺はカノと一緒に王都にあるルブラン家の屋敷に赴いた。この日のため裁縫が得意なサニが服を直してくれ、俺とカノはいつもより身綺麗な格好をしてきた。


 それでもこの巨大な屋敷の訪問者としては不釣り合いな格好らしく、門の前に立つ衛兵は依頼書を掲示した後も俺たちを怪訝な顔つきで見つめた。


 確認が取れた後、屋敷に通されるがカノはガチガチに緊張してしまっている。

「私、こんな場所に来るの初めてでして、大丈夫ですかね」


「俺たちは闇ギルド所属なんだから、そう礼儀作法は求められないさ」


「だって、ジャン・ルブラン公爵ですよ」


「大丈夫。ジャン・ルブランその人が俺たちと直接会うことなんてまずないから」


 実際、予想通り、俺は王都にあるルブラン家の一室で執事から今回の依頼の内容を伝えられた。


 依頼内容はルブラン家令嬢のエレナ・ルブランが別荘地に向かう際の護衛。もちろん俺たちだけが請け負うわけではなく、メインの護衛はルブラン家お抱えの衛兵。人手が足りていないので俺たちに補佐を頼みたいという。報酬はなんと銀貨百枚だ。屋敷に風呂を設置するために、是が非とも請け負いたいところだ。


 ただ、表情ひとつ変えないルブラン家執事の話を聞いて違和感を覚えたのは事実だ。令嬢の護衛は以前までは聖騎士団が勤めていたはずだ。事実、俺もエレナ・ルブランの護衛は幾度となくこなしてきた。何か特別な事情でもあるのだろうか。


 人員は二名必要とのことで、自ずと俺とカノが担当することになった。セネカは用心棒の仕事があるし、流石に魔王の器であるニーナを稼働させるにはリスクが大きすぎる。


 契約を交わして、屋敷の門の外に出るとカノは不安げに言った。

「てっきり猫探しの依頼とばかり思っていたらまさかの護衛ですか。ドンは適任だとして、私に貴族の護衛なんて務まりますかね。賊に襲われたりしたら逃げるくらいしかできないですよ」


「カノの索敵スキルは護衛に役に立つし、そこらの賊程度なら対処は容易。何より今回のクエストでの面倒ごとは一つだ」


「なんですか?」


「令嬢、エレナ・ルブランの機嫌を損ねないこと、そこに集中しよう」


「お知り合いですか?」


「まぁ、多少はな」

 

 

 護衛の当日、俺とカノはルブラン家の屋敷で今回チームを組むルブラン家の衛兵と顔を合わせた。


 護衛の隊長を務める男はカノをみるなり鼻で笑った。

「ギルドから冒険者を呼んだというからどんなのが来ると思ったらガキの女エルフかよ」


 そして俺の顔を見て言った。「もう一人は人相の悪い、ごろつきみたいなやつだな。全く、なんでエリートの俺らがこんな輩とチームを組まないといけないんだ」


 この手の反応はある程度予想していた。聖騎士や大貴族の衛兵は一般ギルドの冒険者をはじめ、素性が分からない者を馬鹿にしているものが多いのはよく知るところだ。


 隊長は吐き捨てるように言った。

「間違えてもお嬢様に近づいたりするなよ。変な動きを見せたら容赦無く叩き殺すからな」


 その後、伝えられた本日の護衛内容はこうだ。エレナ・ルブランが乗せた馬車を馬に乗る5人で取り囲むようにして進む。前衛が衛兵三人、後衛は俺とカノが対応することになる。


 今回の目的地であるルブラン家の別荘は馬車で半日ほどの距離にある。つまりエレナ・ルブランを送り届け次第、帰路に着けば夜には敗者の街区に戻ることができる。もちろん、あの令嬢がおとなしくしてくれたらの話だが。




 王都を出てからしばらくは順調に旅程は進んだ。雲ひとつない晴れた日で少し暑いが、重い甲冑を着て蒸し風呂状態だった騎士時代に比べたら遥かに楽だ。道は整備が行き届いた公道なので馬の乗り心地も悪くない。こんな仕事で銀貨百枚稼げるなんてラッキーだったなと考えていると、突然馬車が動きを止めた。


 前衛にいた隊長が馬を降りて馬車へと向かった。しばらく平身低頭で場所の中の人物と話したかと思うと、「休憩だ。馬に水でも飲ませておけ」と指示を飛ばした。


 俺とカノも馬から降りると、聞き覚えのある声が街道に響いた。


「帰りたい! 帰りたい! 帰りたい!」


 馬車を降りてきたのは真新しいブルーのドレスを着て、熊のぬいぐるみを握る少女。まさしくエレナ・ルブラン令嬢だ。令嬢は一緒に降りてきた執事の尻をぬいぐるみでバンバンと叩いた。


「別荘なんて私行きたくない! あんな辺鄙な場所つまらないわ!」


「お嬢様、お忘れになりましたか。別荘に遊びに行きたいと旦那様にお願いされたのはどなたか思い出してみてください。」


 エレナ・ルブランはきっとした目で執事を睨みつけた。

「あの時はそう言ったけど、今はそういう気分じゃないの! ほんと何年仕えたら私の気持ちが理解できるのかしら。馬鹿執事!」


 執事は恭しく機嫌を取るが一向にエレナ令嬢の駄々っ子っぷりは収まる気配がない。令嬢の苛立ちの対象はルブラン家の衛兵にも及んだ。


「そもそも、なんで私の警護が聖騎士にもなれなかった出来損ないのあなたたちなのよ。お父様は私に何かあっても平気だっていうの?以前までは聖騎士が守ってくれてたのに!」


 その言葉に隊長の眉間がぴくりと動く。一番気にしているだろうことを子供っていうのはずばずばいうものだ。


 貴族お抱えの私兵をやっているような連中は、聖騎士団の入団試験に落ちたものが多い。冒険者のような不安定な職業にはつきたくない彼らにとって、第二志望は貴族に直接雇ってもらうことなのだ。つまり令嬢が今口にした言葉は、彼らのコンプレックスにダイレクトに響くというわけだ。


 執事は諭すように言った。

「お嬢様。聖騎士団なんて大嫌いと旦那様に仰ったのをお忘れになられましたか?」


「覚えているわよ! だってそうでしょ、私が可愛がっていたあの無能騎士を勝手に首にしちゃう聖騎士団なんて大嫌いなんだから!」


「お嬢様。レオン殿は首になったのではありません。自発的に騎士団をお辞めになられたのです」


 エレナ令嬢はプイッと顔を背けてしまった。

「そんなわけないでしょう。レオンが自分から聖騎士を辞めるなんて絶対にない。どうせ首になって今頃路頭に迷っているのよ。全く、セシルは何をやっているのかしら。説明を求めてもちゃんと答えてくれないし。ああ、可哀想なレオンを私が早く見つけてあげなくちゃ」


 そんなやりとりを苦笑しながら聞いていると、隣のカノがぼそりと言った。

「ドン、あの令嬢に気に入られているみたいじゃないですか」


「ああ、とにかくこき使われたよ」


 そう言いつつも俺としては先ほどからずっと焦りが出ている。ルブラン家の私兵たちはずいぶん呑気にしているが、これじゃ定刻通りに仕事を完遂できないはずだ。いいのか、お前らこんな仕事ぶりで。


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