ソフィアのサービスにただただ恐縮する
セネカの一ヶ月ごとの報酬は銀貨六十枚。取り分は闇ギルドとセネカで半々と取り決めた。少しギルド側が貰いすぎのような気もしたが、他の闇ギルドでは七割以上持っていかれることがほとんどらしく、セネカはこの条件に目を輝かせて喜んでくれた。
もちろんセネカ一人が用心棒役を務めるわけではない。その他に二名ほど王都で見つけた異端者を勧誘し、「王の威光」で忠誠心を上げたのちに娼館に派遣した。
これでラ・ボエームからミチーノファミリーに支払われる月当たりの報酬は計銀貨百四十枚。そのうちの半分がファミリーの懐に入るから銀貨七〇枚ほどの儲けが出ることになる。
稼ぎを含めた、今現在のミチーノファミリーの情報をまとめるとこうだ。
ミチーノファミリー
在籍者
「異端者の王」ドン・ミチーノことレオン・シュタイン
「鷹眼の盗み手」カノ・レインウッド
「魔王の器」ニーナ・ナイトスカイ
「光速の殺し手」セネカ・フォレスト
受付係 サニ・レインウッド
準在籍者他二名
主要顧客:敗者の街区の住人 高級娼館ラ・ボエーム
先月の稼ぎ:銀貨七五枚と銅貨七枚(猫探しの依頼料含む)
こう見ると一気にミチーノファミリーも闇ギルドらしくなってきたものだ。
ラ・ボエームからの稼ぎが入るようになって、敗者の街区の住人のために一つやりたいことがあった。それは酒屋を作り、住民にまともな酒を飲ませてあげることだ。
敗者の街区で流通している酒は太っちょピットが作るいわば闇酒。敗者の街区のはずれにピットの酒蔵があるのだが、粗末な建物からは異臭が放っている。
一本飲んでみたが、味は酷く酒もどきと言ってもいい代物だ。味が悪いだけじゃなく、カノによれば何度も食あたりの原因となっているらしい。
一度、酒造りをちゃんと学んでまともな酒を作ってみてはどうかとピットにやんわり伝えてみたのだが、ピットは顔を真っ赤にして怒り出してしまい聞く耳を持ってはくれない。
ピットはやる気がないようだし、自分たちで安価に酒を売り出せないかとカノと話し合っているのだが、あいにく二人とも酒や商売については何も知らない。どうしたものかと思っていたら、うってつけの人物が手伝ってくれることになった。
「ドン、今日は楽しみですわね。王都にはたくさんの醸造所がありますから」
待ち合わせ場所、馬車の中で微笑むのは、取引相手であり、王都一の高級娼館の女主であるソフィアだ。用心棒の打ち合わせの際に何気なく酒の話をしてみたら、王都の醸造所を案内すると買って出てくれたのだ。
馬車に乗り込むとソフィアは親密な態度で頭を俺の肩にもたれかける。「異端者の王」スキルが影響しているのだろうけど、一晩金貨十枚とも言われる人気娼婦に無料でこんなサービスを受けるのは何かと申し訳ない。
「ソフィアさん、忙しいでしょうに本当にいいんですか?」
「もちろんです。セネカ君を紹介してもらって本当に助かったんですよ。これくらいなんでもありませんわ。あと、いい加減ソフィアさんなんて他人行儀な呼び名はおやめになって」
「そう言われてもなんとお呼びしたらいいか……」
「ソフィー、もしくはそのままソフィア。どちらでもお好きな方で構いませんよ。あと好みの殿方から敬語を使われるのも好きじゃないの」
それにしても王都の有名人ソフィア・グレイシャーに肩を寄せられて王都を馬車で移動していると、本当に自分が闇ギルドのドンになったような気分だ。いや、実際にドンなんだけど。
訪れた醸造所は大手ではなく、王都でも比較的小さい規模で、経営も芳しくない状況だとソフィアは教えてくれた。当然、店主は突然の夜の女王の来訪に驚いていたが、すぐに鼻のしたを露骨に伸ばした。
「まさか、ラ・ボエームのソフィア様がうちなんかの酒を選んでくれるとは思ってもみませんでしたよ」
「いいえ、今回の取引は私でなく、このお方なの」
店主は愛想よく俺の方を振り向く。「ほぉ、これまた随分と若い」
そう言いながら値踏みをするかのような視線を俺に向ける。商取引なんか無縁な世界で生きていたからどんな顔をしたらいいのかも分からない。
ソフィアが話を引き取ってくれた。
「このお方はこれからお酒屋さんを開く予定なの。そこであなたのところのお酒はどうかなと思って今日は訪れてみたというわけ」
「ほぉ、景気がいい話ですなぁ。それで、どこに出店されるのですかな?今はどの地区も競争は熾烈でしょう」
ソフィアは当然のごとく言った。
「敗者の街区。この方は敗者の街区の王様なのよ」
店主はぽかんと口を開けてしまった。
「あの薄汚い貧民街に店なんか出店しても儲けなんてでんでしょう」
「ポルナイだって昔は貧しい地域だったという話じゃない。優秀なリーダーが現れたら街は大きく変わるものよ」
店主は表情を固くした。
「うちは小さいと言っても歴史ある醸造所。あんな縁起の悪い薄汚い貧民街におろす酒はありませんな」
「あら今回の取引次第ではうちの娼館での契約も考えていたのに残念ね。うちの顧客は貴族や商人と幅広いからあなたのところのお酒が広まるいい機会になると思ってたのだけど。ではドン、行きましょうか。王都には美味しいお酒を作る醸造所は他にもいくらでもありますから」
そう言って俺の手を取って歩き出そうとするソフィアを店主は慌てた様子で止めた。
「待ってくださいや! そういうことならお話を聞きましょう!」
ソフィアは言った。
「あなた、今のうちにこの方に顔を売っておくべきよ。この方はすぐに王都有数の闇ギルドのドンになる人なんだから」
その後、言葉巧みにほぼ原価に近い価格でエール酒の契約を取りまとめていくソフィアを見て、自分の発現した異端スキル「異端者の王」の能力に心底感謝するのだった。




