はめられた二人 (セシル視点)
「セシル様、話があります」
駐屯地でそう私を呼び止めたのは副団長のナダエルだ。
「レイモンド王子が今夜、セシル様とお会いになりたいとおっしゃっております」
「今晩は伺えないとお伝えして。キルケの目撃情報があるの、あの異端者の捕縛に集中したいから」
「なりませぬ。王族を接待することもまた団長の勤めの一つですからな。それからポルナイなどといった汚らわしい街に、私に事前に知らせることなく聖女様が立ち入ったことは許しがたい暴挙ですぞ」
確かにあの行動はどうかしていた。レオンがポルナイを出入りしているという報告を受け、私は居ても立っても居られなくなったのだ。ポルナイに行きラ・ボエームという高級娼館へ赴いたが、結局レオンに関する情報は何も得られなかった。
ただ、ソフィア・グレイシャーという女主が終始不敵な笑みで私を眺めていたのは気がかりではあったけれど。
それからも騎士を派遣して継続して調査させているのだが、今日、思わぬ情報が上がってきた。
「副団長、ミチーノファミリーという闇ギルドを知っていますか?」
「ミチーノファミリー……百年ほど前に王都の闇ギルドを統一した伝説的なファミリーのことですかな?ファミリーが崩壊してからはその名は歴史に埋もれ、今話題にするものは誰もおりますまい」
「奇妙な情報があるのです。色街を牛耳るのは当然ガンビーノファミリー。それが最近、ラ・ボエームという娼館の用心棒役をそのミチーノファミリーが担うことになったとのこと。これは、どういうことでしょう」
「あのラ・ボエーム、をですか?」ナダエルは驚いた顔で言った。「……当然、私は娼館のことなど疎い方なのですが、奇妙な話ですね。ガンビーノファミリーが許すような話ではない」
そう、全く許すような話ではない。ガンビーノファミリーは強力な魔術スキルを持つ異端者が多数在籍し、破壊的な報復行動を取ることで有名。そのミチーノファミリーによほどの異端者がいなければ呆気なく王都から消えて無くなるだろう。
「副団長、念の為に闇ギルドミチーノファミリーの調査をお任せします。強力な異端者が関わっているはずですから」
「セシル、会いたかったよ!」
指定された部屋に赴くとレイモンド王子は言った。
「セシル、今夜も綺麗だね」
レイモンド王子は完全に酒に酔った様子で、憚ることなく私の胸部や臀部を舐め回すように見つめた。その視線に思わず、全身が熱くなる。どうやらまだ《《あれ》》は私の体に残っているらしい。私は意識を集中してその邪な気持ちを追い払った。
お酒を勧められたが、もちろん丁重に断りを入れる。絶対にこれは飲んではいけない。
「王子、要件はなんですか? ご存知の通り闇ギルドの抗争が激化し、王都は非常下。団長の私としても忙しく、時間はそれほどないのですが」
「そんなこと言わないでよ。ほら、なんとかといった騎士がいた時はそいつに十分すぎる時間を割いていたじゃないか。僕にだって時間を割いてもらうべきだと思うけど」
「彼は入団同期で私の良き相談相手。王子とは関係が違います」
「建前はいいよ。本当は恋仲だったんだろう?」
王子はニタァと笑みを浮かべた。「本当にあれは爽快だったなぁ」
爽快?どういう意味だろう。戸惑っていると王子は杯になみなみと注がれた酒をあおってから言った。
「あの日のセシルの映し絵をナダエルがあいつに見せた時、世界の終わりみたいな顔してたもんなぁ」
その言葉に頭が真っ白になる。あの日の映し絵を彼が見た?
「あの日の私は、本当の私じゃありません。おそらく王子がお酒の中に……」
「たとえ僕が何かを入れたとしても、あれはセシルだよ。本心では君は僕に欲望を抱いているんだ。今だって、本当はそうなんだろう?」
そう言ってレイモンド王子はテーブルに二枚の映し絵を放り投げた。一枚目は下着姿でレイモンド王子に手を引かれる私。もう一枚は映し絵を見て青ざめるレオンだ。
私はレイモンド王子を淫らに誘い、方やレオンは震える手で親指を長剣で切り、退団届に血判を押す。その光景に胸がはち切れそうになる。
「なぜ、レオンにこんなことを……」
「小さい頃からの恨みだよ。セシルが家出を繰り返し、汚らしい孤児のあいつと行動を共にするようになった時から、僕はあの男を貶め、殺してやりたかったんだ。王子の僕をあんなにまで嫉妬させやがって。セシルと僕はあいつなんかより古い関係なのに」
ようやく私は気づいた。そうか、私とレオンはレイモンド王子にはめられたのだ。思えば王都が非常下なのにもかかわらず、不必要な遠征を命じられた時からおかしかったのだ。レオンは私がいない間に追放されたとみて間違いない。そして……
「レイモンド、まさか、追放した上に、レオンに手をかけたんじゃないでしょうね」私の声は震えていた。
「報告がないから、あの男まだこそこそと逃げ回ってるんじゃないの。まぁ公認ギルドからは締め出したし、スキルのない無能馬鹿だからどこかでのたれ死んでるかもしれないけど。ねぇ、そんな怖い顔しないで。美人が台無しだよ。大丈夫、僕は寛容だから、過去に男が一人いたくらい許すよ。それとセシル、実は父上に頼んで、二人の婚姻の話も進めてるんだ」
「愚かなレイモンド。あなたが一番傷つくことになるのに」
そう言い残し、私は足早に部屋を出た。背中にはレイモンド王子の声が響いていた。
「セシル! 君は普通の人間なら絶命するほどの強力な媚薬を何杯も飲んでいる! あいつのことを忘れて、僕のものになるのも時間の問題なんだよ! 」
王子の声が遠のいた後も恐怖で足が震えていた。こそこそと逃げ回っている?公認ギルドから締め出した?想像を超えるレオンの置かれた過酷な状況に胸が張り裂けそうだ。
私は唇を噛み締めた。
レオン、ごめんなさい。これは全て、団長でありながらこの策略を見抜けなかった私に責任がある。どうか生きていて。生きている限り、私が絶対にあなたを見つけ出す。そしてあなたにこの身を捧げるから。
汗でぐっしょりと濡れた体を夜風で冷ましながら、私はそう固く心に誓った。




