ミチーノファミリー大型案件受注しました
クエスト「王都中心街の猫探し」が成功してから数日後、俺は頭を抱えていた。
ファミリーの食費のためにもっと稼げる依頼を探さなくちゃいけない、なんて考えていた頃が懐かしいくらいだ。
カノは俺の前に夕食のシチューを置いた。
「ドン、ご近所さんが野菜をお裾分けしてくれたので今夜は野菜シチューですよ。ちなみに今晩の食費はファミリー四人合わせて銅貨二枚。お金のことでそんなに悩まなくてもなんとか生きていけますよ」
「カノ、違うんだ。俺が悩んでいるのは食費についてではない。今回提案された依頼についてだ」
「依頼? ありがたいことじゃないですか! 私、ここのところ暇なんで依頼を割り当ててください。頑張りますから!」
「カノにはちょっと任せづらい仕事でな」
カノは一度頭を傾げて、シチューをサニやニーナの前に置いていく。
「任せづらい? 猫探しとかじゃないんですか。報酬はいくらなんです?」
「とりあえず紹介料として銀貨三十枚とのことだ」
「へぇ三十枚ってことは銀貨にして三枚ですか。って、すごいじゃないですか。是非、その依頼を引き受けましょう!」
「……カノ、銅貨三十枚じゃない。ぎ、ん、か三十枚だ」
カノはぼんやりと俺の顔を見つめた。「銀貨三十枚……?」
しばらくして、カノの驚愕の声が部屋に響き渡った。
「いや何かの間違いですよ! どこの詐欺師がドンにふっかけてきたんですか。そもそも一体なんの仕事だって言うんです!」
「ポルナイにある高級娼館「ラ・ボエーム」の用心棒役を派遣して欲しいと娼館女主のソフィア・グレイシャーから直々に依頼されたんだ」
そう告げるとカノはポカンとした表情を浮かべた。
「かの有名なソフィア・グレイシャーさんからの依頼ですか……?」
「カノもやはりソフィア・グレイシャーは知ってるのか」
「もちろんです!だって吟遊詩人が歌にするくらいの人ですから。そんな方とどうやって知り合ったのですか?」
俺はチラリと無言のまま座るニーナを見た。ニーナは目を覚ましたものの、あれから少し疲れ様子で、今もぼんやりとしている。
「王都での猫探しの時に偶然な。どうも先方はニーナの能力を見て、俺たちを新進気鋭の強力な闇ギルドと勘違いしてしまったらしい」
俺はポルナイであったことを手短にカノに伝えた。話すごとにカノは唖然とするが、サニは大喜びだ。
「ニーナはやっぱり魔王なの!?」
ニーナはサニの頭を撫でた。「サニ、私はただの器。魔王じゃない」
いただきますをしてから夕食が始まるが、食事中もカノは俺と同様頭を悩ませているようだ。
「ドンだったら十分用心棒役も務まるでしょうが、顔を変えられる時間にも制限がありますからね。もし元聖騎士が娼館の用心棒を務めてるなんてことがバレたら世間的にも話題になってしまうし……あとガンビーノファミリーも黙ってはないはずですよ。どうしたらいいものか」
「ああ、いくらラ・ボエームが今まで闇ギルドから独立した娼館といえど、ポルナイはガンビーノファミリーの縄張り。いい気はしないだろうな。あと聖騎士団の問題もある」
「聖騎士団?」
俺はソフィアから聞いた話をそのまま伝えた。
「先日、聖騎士団団長のセシルが突然ポルナイの調査に訪れたらしい。聖女がポルナイに直接調査に行くなんて通常じゃ考えられないことだ。狙いは明らかだ。ニーナの話がセシルに届いたのだと思う」
ソフィアは口止めしておいたと言ったが、ニーナの異質なスキルがどこかで漏れて聖騎士団に伝わった可能性は十分考えられる。できれば今は敗者の街区でニーナのそばにいてやりたい。
とにかく、今の俺たちではラ・ボエームの用心棒は請け負うことができない案件だ。今回の依頼は断ろうと思う、そう伝えるとカノは立ち上がって言った。
「いやこんなチャンスそうないことですよ! 何か方策がありますよ! 誰か適任の人をファミリーに迎え入れるとか!」
「そうは言っても、よほどの能力の持ち主じゃないとつとまらんぞ」
先方が言うには犯罪歴があるくらい強力な異端者がベストらしいが、そんな人物そうそう見つからないだろう。
俺とカノはしばらくああでもない、こうでもないと話し合っているとニーナが手を挙げた。
「ドン、魔王さんが発言したいと言っている」
その言葉に部屋はしんとしてしまった。
「その、ニーナ、一度整理しておきたい。君のスキルは魔王に一時的に体を貸し与えることができるという能力だよな」
ニーナは頭をコクンとさせた。
「それで、今は魔王じゃなくニーナ自身というわけだよな」
再びニーナは頭をコクンとする。
「じゃあ、魔王が発言したいと言っているってどういうわけだ?」
「私、スキルを発動しなくても魔王さんと会話できる。魔王さん、ずっと寝てたけどさっきから起きてて、今の話も聞いていた」
……。新たに入ってきた情報で俺の頭はパンク寸前だ。とんでもスキルを前にして情報が追いつかない。
俺は混乱しつつも言った。
「それで、なんて言っているんだ。その、魔王は」
ニーナは表情一つ変えずにとうとうと魔王の言葉を代弁した。
「魔王の多くはいつも勇者の成長をふんぞりかえって待っているがゆえに滅ぼされる。我は違う。座右の銘は先手必勝。我がファミリーのため、敵勢力を滅ぼしてみせよう。これで一件落着じゃ。カッカッカッカッ」
……。何がカッカッカッカッだ。用心棒は敵勢力とやらを相手にするわけではないし、もしガンビーノのことを言っているなら、俺たちに敵う相手ではない。まぁ魔王マニーナが眠ることなく戦い続けられるなら、圧勝するだろうが。
やはり、断るしかないかと結論を出そうとした時、屋敷の玄関の扉が騒がしくドンドンと叩かれた。サニが「誰だろう?」と言って玄関に向かう。一応、玄関係はサニということになっているのだ。
しばらくして玄関からどこかで聞いたことのある男の子の声が聞こえてきた。
「サニ、元聖騎士の兄貴にとりついでよ! 頼まれてた依頼があってさ!」
続いて猫が入ったバスケットを抱えた、引っ掻き傷だらけのセネカが部屋に入ってきた。
「兄貴! 住人をいじめてた太っちょピットのお尻を蹴っておいたよ! あと猫探しのお手伝いもしてみた。この中に探してた猫いる?」
その猫探しながらとうの昔に解決済みだと伝えようとして、俺は手を叩いた。
「セネカ! お前に頼みたい仕事がある! 」