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ソフィアはレイモンド王子を知っている模様

 ベッドで猫と一緒に寝るニーナを俺は未だ信じられない気持ちで見つめた。


 先ほど起きたことは全て、本来なら俺一人で抱えられることじゃない。聖騎士団に詳細に報告し、セシルをはじめ上層部に判断を委ねるべき重大事案だ。

(まさか俺一人が歴史的事実を掴んでるとはな)


 そして、改めて俺は室内を見回した。

「全く、なんで元聖騎士と元修道女がこんなところにいるんだよ……」


 ここは「ラ・ボエーム」という高級娼館の客室。薄暗い室内には豪華な家具が並び、ニーナが寝るベッドも天蓋付きの巨大なもの。噴水なんかも設置してあり、置物の象の鼻からは水が噴き出ていて、異国に来たような気分にもなる。


 もちろん俺たち二人がこんな場所にいるのは理由がある。魔王から人に戻ったニーナを背中に担いで立ち去ろうとしたら、この娼館の女主人ソフィア・グレイシャーが目を覚ますまで客室で休んでいったらいいと言ってくれたのだ。一度断りを入れたものの、半ば強引に連れ込まれてしまった。


 時間的に営業が始まっているわけだから、昼間見た高級娼婦たちは貴族や商人を相手に仕事をしているのだろう。全く、奇妙な場所に来てしまったものだ。


 寝息を立てるニーナを眺めていると、客室の扉が音を立てた。部屋に入ってきたのはソフィア・グレイシャーだ。そういえば王侯や貴族、商人たちがソフィアを血眼になって指名するのは、聖女セシルに顔が似ているのも理由にあると聞いたことがある。確かにこの薄暗い部屋にいるソフィアはセシルにダブってみえる。


 それにしてもソフィアを淑徳の娼婦と呼び、未だ実際に抱いた男はいないと吟遊詩人は歌っていたが、あれはどういう意味なのだろう。もちろん、そんなことを本人に聞けるわけないが。


 ソフィアは眠るニーナに目を向けた。

「安心してください。先ほど起きたことは全て口止めしておきましたから。聖騎士団には伝わらないはずよ」


 俺は感謝を伝えてから言った。

「あの、やっぱりニーナを寝たまま連れて帰りますよ。これ以上、ご迷惑をおかけしたくないので」


 ニーナを抱き抱えようとすると、ソフィアがそれを手で制した。「迷惑だなんて、私の方があなたにお話があるのよ」


 ソフィアは顔をぐいと近づけ、俺の目を凝視した。人気娼婦に娼館の客室でそんなことをされると、どうしようもなく緊張してしまう。ソフィアは言った。

「ねぇ、あなたは一体何者なの?」


「俺? 何者と言われても……」


 聖騎士団をクビになった元聖騎士で、今は敗者の街区で闇ギルドをやってますと言っても話は通じないだろう。


 ソフィアは言った。

「私、あなたを見た時から、何かおかしな気持ちになってるの。心が掻き乱されるようなそんな感じ。私、あなたのことが知りたいわ」


 戸惑いつつも、ソフィアの今話すことには一つ思い当たる節があった。

 この前解放した「王の威光」は、異端者を引き寄せ、忠誠心を獲得するという能力。頭上に浮かぶモヤがかる古代文字からして、ソフィアが異端者なのは間違いない。もしかしたら俺のスキルがソフィアの心になんらかの形で作用しているのかもしれない。


 もちろんそんなこと説明できるわけもない。黙っているとソフィアは俺から離れて、ビロードの肘掛け椅子に足を組んで座った。

「答えてくれないのなら、あなたが何者か、私があてて見せましょう」


 ソフィアは検分するような目で俺を見回した。

「そうね、長剣を携えた冒険者風ではあるけれど、案外変装をしてポルナイにやってきた貴族の方だったりして」


 やれやれ、全く見当違いな推理だ。それじゃニーナは一体なんだっていうんだ。

「俺は貴族なんかには程遠いですよ。孤児出身ですから」


「なら私と一緒」


 まさかソフィア・グレイシャーが孤児出身だとは知らなかった。そして、続いてソフィアの口から出た言葉は、俺をドキリとさせた。


「あなた、最近恋人とひどい別れた方をしたでしょう」


 その当たらずも遠からずの推理に俺は言葉が出てこない。なんで分かったんだ?


「仕事柄、それくらい表情を見ればすぐに分かるわよ。それに別れたって落ち込むことはないわ。女なんていっぱいいるんだし。それとも、そんなに魅力的な人だったの?」


「そりゃ、まぁ」


 ソフィアの目が怪しげに輝いた。

「では質問するけど、あなたの想い人と私、どちらか一人を自由に抱けるとしたらどちらをお選びになる?」

 

 馬鹿げた質問だが、俺が正直に想い人だと答えると、ソフィアはあの男の名前を口にした。


「あら珍しい。今の質問で本心から私を選ばなかったの、あのレイモンド王子くらいよ」

 どうやらレイモンド王子もソフィアの顧客の一人らしい。それからソフィアは独り言のようにポツリと言った。

「あれだけの女遊びしておきながら、本命は幼馴染なんてね」


「どういう意味ですか?」


 ソフィアは首を振った。「ううん、なんでもない。こっちの話よ」


 その時、ニーナが体を起こした。「ドン、ここはどこ?」


 俺は目を擦るニーナを見てほっと一安心した。このまま眠り続けたらどうしようかと不安だったのだ。俺はもう一度ソフィアに感謝を伝え、眠る猫を腕に抱いた。


「ニーナ、帰るぞ。カノとサニがお腹を空かせて待ってるはずだ」


 まだ半分寝ぼけているニーナを促して部屋を出ようとすると、ソフィアも立ち上がった。「それで、さっきのあなたは何者かっていう話、私なりの結論を言うわね」


 一呼吸おいてソフィアは言った。


「私の見立てによればあなたは元聖騎士、そして今は新進気鋭の闇ギルドのドンってとこかしら? もし正解ならあなたに話がある。あなたのファミリーに仕事の依頼がしたいわ」

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