聖騎士団長セシルの帰還
今回の依頼者は敗者の街区住人ではなく、王都中心部にある商人からの依頼で、なんと言っても報酬は銀貨一枚。ファミリー一日分の食費になるから気合いを入れるしかない。
俺はいつも通り「裏の顔」スキルで悪人顔に容貌を変えた。連れてきたニーナは修道服ではなくカノから借りた平服を着ている。流石に修道女を連れた強面の男は目立つだろうから、カノの服がニーナにあってよかった。
依頼者である商人の家で猫の特徴を聞いた後、早速クエストに取り掛かることにした。手始めに宿屋や居酒屋、よろず屋が連なる冒険者街を抜け、金槌の音が鳴り響く職人街を歩く。クエストと言っても猫探しは地道に街を歩くくらいしか方法はないが、幸い王都の下町で孤児として育った俺はこの街が手に取るように分かる。
それにしても、たった数日しか離れていなかったのに、数年ぶりに故郷に戻ってきたような気分になるから不思議なものだ。王都中心部はグルメの街としても有名だから、クエストに成功したらとっておきの屋台飯を買ってファミリーみんなに食べさせてやろう。
王都で一番活気のある凱旋広場に近づいた時、異変に気づいた。凱旋広場はいつも賑やかではあるが、今日はまるで祭りの時のような人出なのだ。さらに城へと続く凱旋通り沿道の混雑はすごいことになっていて、普段いないはずの聖騎士が何人も配備されている。
まさかと思っていたら、沿道の人々は口々に馴染みある人物を話題にしていた。
「この場所からセシル様見れるかなぁ?」
「セシル様を撮影するために最新の魔導機買ったんだぜ」
さらに空を見上げると、セシルが飼う伝書鳥のミネルバが気持ちよさそうに飛翔している。
どうやら本当にセシル率いる第一騎士団がご帰還らしい。
一体なぜ、こんなに早期に帰還することになったのか、理由はまるでわからない。王都で何か特別なことが起きているのだろうか。
とにかく、以前と違い俺は異端者、さらに隣にはとんでもない少女がいる。セシルをはじめ、最先鋭の聖騎士たちとはできるだけ関わらないほうがいいだろう。沿道を離れようとすると、ニーナが俺の服の袖をちょこんとつまんだ。
「ドン、見ていかないの?」
「俺たちの素性的に、なるだけ聖騎士団と離れて過ごすほうがいいんだよ。もし捕まれば異端審問にかけられ、十中八九火焙りだぞ」
ニーナは奇妙なことを呟いた。
「王の庇護、セシル様が使う異端者を検出する聖術を無効にできる」
「どういう意味だ?」
俺の問いかけにニーナは黙り込んでしまう。
戸惑っていると遠くで歓声が起こった。「セシル様だ!」
その声と共にさらに多くの人が沿道の方へと詰めかけてきて、あっという間に人の波に飲まれてしまう。
離れ離れにならないようニーナと手を繋ぐが、熱狂する民衆に巻き込まれているうちにどういうわけか前方の方へと押し出されてしまった。
「セシル様!」「セシル様!」
王都民のそんな大きな歓声が王都中心街を包み込んでいった。人々の視線の先に目を向けると、隊列の先頭が近づいてきていた。
そして俺は先頭で白馬にまたがる人物を見て、はっと息を呑んだ。
(なんだ、この威圧感……)
もちろん騎士団の先頭で白馬にまたがり、一際光輝く白金の鎧に身を収めるのは、俺の幼馴染である第三十八代聖騎士団団長セシル・ウェイブだ。光沢のある金色の長い髪をゆったりと揺らし、宝石のような碧眼はきっと前方だけを見つめている。
「本当にお美しい」「神々しいまでの凜とした顔つき」
そんな人々の声を聞きながら、俺はじっとりとした汗をかいていた。隊列が近づいてくるごとに、全身を覆う圧力が強くなる。
そうか、あの話はこういうことだったのか。力がそれほどない異端者は聖女セシルの前では身動き一つ取れなくなるという。長いことセシルと一緒にいた俺には、そんなことってあるのかと疑問だったが、異端者となった今ならそのことがはっきり理解できる。
これが聖騎士団史上において最多の異端者を捕縛し、最強の騎士団長と謳われるセシルの力というわけだ。そして本当に俺とセシルは相容れない関係になったのだと自覚する。
しばらく呆然とセシル率いる第一騎士団の隊列を眺めていたが、猫が通りをさっと横切るのを見て、ようやく我に帰った。特徴はまさしく商人の家で聞かされた猫そのもの。すぐに猫は人ごみの中に紛れ込んで見えなくなってしまった。
「行くぞニーナ。聖騎士団見物はこれくらいにして猫を追う」
人波を掻き分け、猫を追いかけようとした、まさにその時。
「そこの者、待ちなさい!」
よく聞き慣れた声が凱旋通りに響き渡った。
その迫力ある声に沿道を埋め尽くす民衆たちの騒音が一斉に止んだ。
声の方を振り向くと、こちらを見つめるのは馬上のセシル。俺たちを取り囲む群衆もぼんやりとした顔で俺とニーナを眺めみた。
セシルは明らかに困惑していた。
「申し訳ない。人違いでした。あなたがどこか古い知り合いと雰囲気が似ていたから」
続いてセシルはニーナに視線を移し、怪訝な面持ちになる。まさか何か勘づかれたか?その嫌な予感をよそに、何事もなかったかのようにセシルは再びこちらを向いた。
「そういえばあなたの背中の長剣、私が使っているものと同じね」そう言って、セシルは遠い目をした。「口が上手なガラクタ屋さんが、世にも珍しい双子剣があると言うから彼と一緒に購入したのに、まさか三つ子がいたのね」
セシルは前方に顔を向け、号令をかけると再び隊列が動き始めた。
そして王都聖騎士団の大隊列が王都民の歓声を受けながら巨石城に向かっていく中、俺とニーナは猫探しを再開した。
賑やかな王都を歩いている間、一つのことが気がかりで仕方がなかった。
(なんでセシルはずっと悲しそうな顔をしていたのだろう……)




