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枯野と琴  作者: 村野夜市
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みなしてさんざん笑った翌朝、全員、病はすっきりと治っていた。


あのときは、どうしてあれほどおかしかったのか、実はよく分からない。

なんだか気がおかしくなっていたのかもしれない。

後になってから、そんなことを言う者もいた。

なにもおかしなことはないのに、突然、けらけらと笑い出す。

そんな後遺症のようなものの出た者も、何人かいた。

ただ、そこまでの実害はなかったから、大した問題にはならなかった。

それでも、枯野は、やはりこれからは人前で歌うことは控えようと、心に誓った。


ソウビと共に、村の社に枯野も滞在することになった。

夜明け前、枯野はひとりで浜へと出てみた。

笑いの効果は、こんなところにも届いていたのか、浜に近いところの瘴毒はかなり薄れていた。

しかし海中の瘴毒はひどく濃くて、枯野ですら、そのなかに入って行くのは躊躇うほどだった。

濃い所は、海霧に混じって、海の上にまで、瘴毒が漏れ出してきていた。

あれが風に流されて浜にまで来ると厄介だな、と枯野は思った。


誰もいない浜に座って、枯野はゆっくりと琴を鳴らした。


ゆらのとの

となかにふれる

なずの木の

さやりさやさや

さやりさや


誰も聞いていない気安さもあって、伸び伸びと声を張る。

こうしていると、やっぱり、自分は歌を歌うのが好きなのだなと思う。

昨夜も、奇妙な歌ではあったけれど、歌っている間、とても楽しかった。

とにかく、歌っていられれば、それでいい。

母はそんな人だったと、父はよく言っていたけれど。

間違いなく、枯野もその母の血を引いていた。


しばらくの間、ただ無心になって歌い続けていた。

ふと、気づいて、海を眺めた。

なんとなく、妙にすっきりとして見える。

それから、はっと気づいた。

あれほどに濃かった瘴気が、確かに薄れている。


「どうやら、その歌には、使鬼を封じる効果もあるようだな。」


突然背中から声をかけられて、ぎょっとして振り返ると、そこに腕組みをしたソウビが立っていた。


「ユラの海に揺れるなずの木の森は、使鬼を封じる莢。

 歌には使鬼を封じた場所を示すだけじゃなく、その力を高める効果もあったんだな。」


ソウビはゆっくりと枯野に近づいて来た。



「お前さんのじいさまは、ずっと海の底で琴を弾いて、封印を護ってきたんだと。

 けど、もうその力も限界だそうだ。」


枯野はそれに頷いた。

海の底の山吹の話は、昨日、京からも聞いていた。

海人たちの瘴疫をなんとかすれば、すぐにも、そちらにとりかかろうと思っていた。


「一番いいのは、使鬼そのものを、滅することでしょうけど。」


「問題は、俺たちにそれだけの力があるかどうか、だな。」


山吹たちにはそれが叶わなかった。

だから、あんなふうに海の底でずっと、封印の琴を弾き続けてきたのだ。


ソウビの言葉に、枯野はしばらく考えてから答えた。


「泳ぎには問題はないと思います。

 水中で戦った経験はないですけど、それも、なんとかなると思います。

 ただ、使鬼の大きさや能力なんかが、まったく計り知れないのが、少し不安ではあります。」


ソウビはちらりと枯野を見た。


「お前さん、行くつもりなんだね?」


「相棒の請けたお役目ですからね。

 それに、これは、祖父の悲願でもあるでしょうから。」


枯野は微かに笑ってみせた。


ソウビは腕を組んだまま、海を眺めて言った。


「けど、この瘴毒のなかに突っ込むのは、いくらお前さんでも、無謀だろう?」


「はい。せめて、もう少し、瘴毒を薄められたらと、思います。

 これだけの毒気のなかじゃ、あまり長時間はもちません。」


「瘴毒を薄めるには、使鬼を封じる力を強くするしかねえ。」


「この琴を弾けば、おそらくそれも叶うでしょう。

 可能なら、使鬼の位置を特定して、その傍で歌えば、より効果的かもしれません。

 ただ、直接潜って探せないとなると、どうやって探すか・・・」


「俺の出番だ、ってことだろ?」


にやりと笑ったソウビを、枯野は上目遣いで見上げた。


「ソウビさ、舟、ダメですよね?

 いくらソウビさ、でも、浜からじゃ、少し遠すぎるんじゃ・・・」


「アニキと呼べ。

 大丈夫だ。舟なら、こないだちょっと、克服した。」


ふふん、とソウビは得意げに胸を張った。

枯野は目を丸くした。


「本当に?」


「ああ、本当だとも。

 この俺を誰だと思っている。

 舟ごとき、その気になれば、いつだって克服してやるとも。」


途端に枯野は嬉しそうになった。


「舟を出して海の上から探索の術をかければ、使鬼を見つけることもできるかもしれません。」


「かもしれませんじゃねえ。

 やってやるよ。

 まったく、この俺を誰だと思っているんだ?

 あ、っと、同じ台詞、二回言うのは、格好悪ぃな。」


ソウビは肩を竦めてくくくと笑った。


「となると、俺の出番っすよね?」


ひょっこりとそこへ姿を現したのは京だった。


「お前さん、まだ、病み上がりだろう?

 もう少し休んでいたほうがいいのじゃないか?」


気遣わし気に眉を顰めるソウビに、京は、へへっ、と笑ってみせた。


「久しぶりに三人揃ったんだって思ったら、寝てなんかいられませんて。

 昨日だって、ちゃんとお役に立ったでしょ?」


京は額に手を当てると海を見渡した。


「ちょうどいい感じにべた凪ぎじゃないっすか。

 これなら、舟に慣れてないソウビのアニキでも大丈夫っすよ。

 さあ、今のうちに早く行きましょうや。」


「え?まさか、今から行くのかい?」


「善は急げ、って言うでしょ?」


浜に上げてある舟のほうへいそいそとむかう京を、枯野とソウビは慌てて追いかけた。


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