85
枯野に続いて、京まで行方を断ってしまった。
ソウビはあらゆる手を尽くしてふたりを探そうとした。
けれど、もうひと月近く、経ってしまっていた。
村の海人たちは、毎日のようにユラの海に舟を出して、京のことを探していた。
ユラの海のなずの木の森は、泳ぎの上手い海人たちでも、危険な森だった。
方向感覚を狂わせ、中に囚われて、水上に出ることすら叶わない。
その森に、京を探して、海人たちは、何回も何回も潜っていた。
ある日、からっぽの舟だけひとつ、浜に戻ってきた。
なかには何も残されていなかったけれど、京の乗っていた舟だと考えるのが自然だった。
それを見て、海人たちは、諦めてしまったようだった。
ただ、ソウビは、それでも、諦めなかった。
海人たちの報せを受けて、ソウビは浜へと駆け付けた。
舟はどこも壊れずに、静かに浜に打ち上げられていた。
舟には何も残されていないように見えた。
しかし、ソウビはその舟にむかって呪言を唱えた。
周囲に海人たちがいるのももはや気にしていなかった。
ソウビの全身は青白い光に包まれて、風もないのに、ふわふわと髪が波打つ。
それは最大級の妖力を使うときだけ見せる姿だった。
青白い光は、舟をも包み込み、ある一点に収束して、まばゆく輝いた。
ソウビはゆっくりとその光に近づいて、なにやら指につまんで持ち上げた。
ふ・・・
見つけたものを確かめて、ソウビは思わず、笑みを漏らした。
それは、久しぶりにソウビの見せた笑みだった。
息を呑んで様子を見守っていた海人たちから、一斉に拍手が巻き起こった。
それを見渡して、ソウビは皮肉な笑みを浮かべた。
「おい、お前さんら、まだ、京は見つかってないんだぜ?」
それでも、このお方なら、きっと京を見つけてくれる。
海人たちの目は、ソウビを信頼しきっていた。
ソウビは向けられた賞賛と期待の眼差しに、小さく肩を竦めて笑った。
期待に応えてやる義理はないが、応えられないとは思わない。
いや、期待などされていなくても、たとえ全員が諦めたとしても、ソウビは京を見つけるつもりだった。
京の髪にむかって、ソウビは呪言を唱える。
ふわり、と髪は浮かびあがって、青白い火になった。
「どうれ。案内してもらおうか。」
ソウビがそう言うと、青白い炎は、ふわりふわりと海へとむかって飛び始めた。
大勢の海人たちは、慌てて、炎を追いかけて舟を出した。
ソウビも、京の舟に乗り込んだ。
「ちっ、舟にだけは、乗りたくなかったんだけどね。」
小さく舌打ちをする。
ソウビと共に、海人のひとりが乗り込んで、舟を海に出した。
こうして、海人たちの船団が、青白い火を追いかけて、ユラの海へと漕ぎだして行った。




