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枯野と琴  作者: 村野夜市
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ひととおり歓迎の儀式が済んだ後。

村の社には、若い海人たちが集められていた。

もちろん、京もそのひとりだ。


ソウビはその中心で、村人に用意させた絵図を広げていた。


「ここは、この絵図のどのあたりになるんだ?」


「それは、この辺、っすかねえ・・・」


京は筆をとると、絵図の中央辺りの海岸線沿いに印をつけた。

ソウビは続けて尋ねた。


「俺たち、来る途中で、魚を食べたよな?

 あれはどの辺りだ?」


「この辺りっすかね。」


京はそこにも印をつけた。


「思ったより遠くないんだな。」


ソウビは腕組みをして京を見た。


「お前さん、あのとき、けっこうたくさん、魚を獲ってきただろ?

 どうだい?いつもより魚は少なかったかい?」


京は思い出すようにしばらく考えた。


「そうっすね・・・確かに、いつもよりは少ない気もしましたけど・・・

 まったくいないってほどじゃなかった、かな・・・」


「けど、この辺じゃ、さっぱり魚は獲れないんだろ?」


うーん、と京は考え込んだ。


「それは・・・多分、潮の流れが違うから、じゃないかな・・・

 あの辺は、こっちから、こう、流れていて・・・

 ここら辺は、こんなふうに、こう・・・っすね。」


ふむ、と唸ったのは、今度はソウビだった。


「へえ、潮の流れってのは、面白いもんだな。

 つまり、この辺の魚は、こっちからこう、潮に乗ってくるってわけかい?」


ソウビは興味深そうに京の描き込んだ絵図を眺めた。

それから、その場に集まった海人たちを見渡して言った。


「お前さん方はどうだい?

 ここいら一帯で、どの辺りなら魚がいて、どの辺りにはいないか。

 分かるところがあったら、印をつけてくれないかい?」


海人たちは絵図の周りに集まってくると、わいわい言いながら、印をつけ始めた。

魚のいるところには、まる印、いないところにはばつ印をつけていく。


「ほう!」


印のつけ終わった絵図を見て、ソウビは感心した声を上げた。


「こりゃ、また、見事に、すっぽりと、まとまってるね?」


ばつをつけられたのは、村のある浜から、沖にある島までの、ちょうど間の海域だった。


「これは、ちょうど、ユラの海の辺りっすね。」


京は絵図を見て言った。


「ほら、ここ、陸と陸が迫ってるじゃないっすか。

 おまけに、この島が流れを分断するんっすよ。

 だから、ここいらで、潮はいっそう流れを速くして・・・」


京は次々と絵図に描き込んでいった。


「この辺は、舟にとっても難所でね。

 速い流れにあしをとられて、気が付くと、ずいぶん遠くまで流されていたりするんっす。

 森みたいに海藻が生い茂っていて、おいらたちは、この辺をユラの海って呼んでます。」


「ユラの海?

 へえ。ここがそうなのか。」


ゆらのとの

となかにふれるなずのきの

さやりさやさや さやりさや


ソウビの口ずさんだ謡に、おや、よくご存知っすね、と京は嬉しそうにした。


「それ、おいらたち海人族の謡でね。

 この辺りのユラの海を謡った謡っす。

 ユラには海藻の大きな森があるんっすよ。

 それが速い潮に揺られて、こう、いっせいにざわめくのを、謡った謡っす。」


「もしかして、昔、怪物蛸の現れたってのも、この辺なのかい?」


「そうっす。この潮を分断している島ってのが、トモノ島で。

 昔、おいらたちの部族の棲んでいた島っす。」


「へえ。

 じゃあ、やっぱり、その怪物蛸を退治したのは、うちの郷のやつだな。」


「え?まさか、ソウビのダンナのお知り合いだったんっすか?」


京は目を丸くして聞き返した。


「いや、直接の知り合いじゃないけどね。

 というか、その怪物退治をした狐の夫婦から生まれたのが、枯野の父親だ。

 出会った場所にちなんで、由良殿というんだ。

 由良殿のことは、俺も、わりとよく知ってる。

 しかし、こんなところで、繋がってるとはね。

 世間ってのは狭いもんだね。」


「おいらもびっくりっすよ。

 年寄りたちの昔話に出てくる伝説の狐の神様が、枯野のダンナの血縁とは。

 ええっと、おじい様、おばあ様、にあたるんっすか?」


「そうなるな。

 しかし、とすると、怪物を封印して海に沈んだってのは、由良殿の父上だったのか。

 それは俺も知らなかったな。」


ふむ、とソウビは腕組みをした。


「その怪物の封印された場所ってのは、分からないんだっけか?」


「ええ、そう聞いてます。」


「けどまあ、この辺りに封印されてるって考えるのが自然だよな?

 だとすると、その封印が解けかけてるのが、魚がいなくなった原因だ。

 って普通は、考えるよな?」


「え?それ、普通、なんっすか?」


「・・・まあ、俺たちの間じゃな?」


ソウビは、むむむぅ、ともう一度唸った。


「これは、枯野が早く戻ってくるのを期待するしかないな。

 俺には、怪物が本当にいるかどうか、潜って見てくるなんてのは、無理だからな。」


「潜って、見てくればいいんっすか?」


「あ。間違っても、お前さんが行く、とか言うなよ?

 仮にも、相手は、怪物だ。

 いかに海に長けた海人族とはいえ、お前さんも、普通の人間には違いないんだからな?」


先回りして釘を刺すソウビに、京は、へへっ、と首を竦めて笑った。


「大丈夫っすよ。

 ユラの海なら、おいらにゃ自分の家の庭のようなもんだ。

 小さいころから、何度も潜ってますから。

 怪物が封印されてるってのは、聞いたことなかったっすけど。

 なにか、異変は起きてないか、見に行くくらいなら、行けます。」


「それ、枯野に知られたら、俺が怒られる。

 頼むからやめてくれ。」


ソウビは頑なに首を振った。

京はそれには、応とも否とも答えずに、ただ、にこにことしているだけだった。

 

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