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ソウビと京は慌てて枯野を探し回った。
枯野はあの影に攫われてしまったのか。
それとも、あの影を追って、自ら行ったのか。
それすらも分からない。
けれど、辺りには足跡のような痕跡は一切なかった。
自ら追って行ったのなら、わざわざその痕跡を隠す必要はない。
だからやはり枯野は、自分の意志とは関係なく、攫われたのではないかとふたりは結論を出した。
それにしても、確かに油断していたとはいえ、あの枯野を攫うなど、敵もよほどの力のあるものだ。
ソウビも京も、今現在、対峙している敵の実力を、思い知らされたように感じた。
どんなに小さな手掛かりでもいい。なにか、ないか。
もう一度原点に戻って、焚火の周囲を調べていたソウビが、ふと、気づいた。
「おや?
そういや、この辺に食べ散らかしてた魚の頭やら骨やら、どこへいったんだ?」
「そういや、おかしいっすねえ・・・」
京も寄ってきて焚火の周囲を見て回る。
大変なご馳走だった海の魚を、最初は頭ごとばりばりと平らげていた。
しかし、京が張り切ってたくさん獲ってきてくれたものだから、到底、全部は食べきれなかった。
それで、後のほうは、頭やら尻尾やら骨やらは、残していたのだ。
それが、きれいさっぱり、なくなっていた。
そんなゴミの行方など、枯野を探すことに比べたら、まったく重要なことではない。
それでも、そんなことも、得体の知れない敵の残した、僅かな痕跡かもしれない。
一度そう考えれば、何故か妙にひっかかる部分でもあった。
「魚好きといえば、猫と相場は決まってますけど・・・」
「もしかして、枯野を攫ったのは、化け猫だとか?」
「化け猫っすか?
確かに、猫又の一族も、結構お強いそうっすけど。
あの枯野のダンナを、そう簡単に攫えますかね?」
そんなことを言いながら、焚火の辺りを漁っていた京は、おや?と丸まった毛玉を拾い上げた。
「ソウビのダンナがそんなことをおっしゃったからかもしれませんけど。
これ、猫の毛玉に見えないことも、ない、ことも、ない、ことも、ない、ような・・・」
黒い色をした毛玉を日の光に晒して首を傾げた。
そのときだった。
傍らに置いた琴が七色の光を放つ。
光のなかに現れたのは、琴の付喪神だった。
「あ。ツクモちゃん?」
「げ。お前、そいつに名前つけたのか?」
それにしても、付喪神にツクモちゃんとは、そのまんまじゃねえか・・・
ソウビがそんなことをぶつぶつ言っている間に、付喪神は京の腕を伝って、肩まで上っていった。
上り切った付喪神は、京の耳元で、るるるっ、となにか言った。
「なんすか?
え?・・・けっと、しぃ?」
「けっと、しぃ?
なんだそれは?」
ソウビが訝し気な目をむける。
「はあ。なんでも、異国のモンだそうで・・・
二本足で歩く猫?
へえ。
異国の猫又ってのは、そんな感じなんっすね?」
「異国の猫又?
枯野を攫って行ったやつの正体は、そいつなのか?」
ソウビは京の襟元を掴んで迫った。
軽く持ち上げられて、首の締まった京は、じたじたと手足を振り回した。
「っく、くるしい・・・苦しいっすよ、ソウビのダンナ・・・」
「あ。悪い。
けど、異国の猫又ってのは、いったいどういうこった?
その、ツクモちゃん?にもっとちゃんと話しを聞いてくれよ。」
慌てて京から手を離しても、ソウビは枯野のことが心配でならないというように京に懇願した。
もちろん、京もソウビとまったく同じ気持ちだったから、すぐに頷いて、付喪神に話しかけた。
「普段は紳士的?
猫に悪戯?
いやあ、枯野のダンナに限って、そんなことは・・・
ソウビのダンナじゃあるまいし。」
「って、なんだ?その最後に付け加えたのは?
お前さんが俺のことをどう思っているのかはよっく分かるけどよ。
俺だって、むやみやたらと、悪戯なんか仕掛けるもんか。」
「じゃあ、大丈夫?
いやでも、やつは、嗤ってましたよね?
狐め、油断したな、とかなんとか・・・」
「狐よ。油断したな、だったな。」
「はあ。お約束?
お約束って、なんっすか?それ。」
「いつも決まって繰り返される、定番、みたいなもんか?」
横からいちいち口を挟むソウビを、京はむっとしたように睨んだ。
「いや、お約束の意味くらい、おいらも分かってます。
てか、ソウビさん、横から口を出されると話し、進まないんで。
ちょっと、黙っててください。」
京に叱られて、ソウビは、分かったよ、と口を噤んだ。
「しかし、なんたって、異国の猫又が、枯野のダンナを・・・
ああ、それは、ツクモちゃんにも分からないんっすか。
そりゃあ、そうっすよね。
はあ、確かに、潮音さんは、異国から来た方でしたね。
へえ~、神様の娘?そんなに偉い人、いや、人じゃねえか・・・
とにかく、潮音さんって、そんなに偉かったんっすか。
ってことは、枯野のダンナは、神様の孫?になるんっすか?
そりゃあ、大変だ。おいら、えらくなれなれしくしてしまってましたけど。
罰とか、当たりませんかね?
ああ、大丈夫?
まあ、そうっすよね。
あの、枯野のダンナっすからね。」
「・・・あいつ、そんな大物だったのか?
まあ、だよな。この俺様の相棒なんだから、そのくらいでないとよ。
それに、俺たちだって、れっきとした神様の眷属だからな?」
思わず口を挟んでしまってから、ああ、そうだったそうだった、とソウビは自分の口に蓋をした。
蓋をしたのだけれど、ふ、と、思いついたように、けどよ、と呟いた。
「敵さん?の狙ってるのってのは、その琴、だったんじゃねえのか?
その琴って、壊したら国ひとつ滅ぼすほどの、物騒なもんなんだろ?
それだけ強い力を持つから、狙ってるやつもいるんだ、って・・・
けど、琴は、そのまんま無事で・・・なんだって、枯野だけ、連れて行かれたんだ?」
「確かに。そうっすね。」
京も頷いた。
その京の肩の上で、付喪神はふるふるふると首を振った。
「え?この琴はそんな物騒なもんじゃない?
せいれん?の琴だから、古いのは間違いはないけれど?
その、せいれん?ってのはなんっすか?
え?潮音さんは、せいれんの一族?」
傍で聞いていても、京の話はいっこうに要領を得ない。
いらいらと足を踏み鳴らし始めたソウビに、京は言った。
「とにかく、ここにいてもらちはあきそうにないっす。
とりあえず、おいらたちだけでも、じっちゃんの家に行きませんか?」
「枯野は?どうするんだ?」
「ツクモちゃんは、けっとしぃ、は、なにか枯野のダンナに用事があったんだろう、って。
それが済んだら、無事に返してくれるはずだ、って言うんっすよ。
だったら、家で待ってるほうがいいんじゃないかって思いまして。」
「枯野は、お前のじいさんの家を知らないだろう?
戻ってくるなら、ここに戻ってくるんじゃないか?」
「ああ、いやいや。
そのあたりは、けっとしぃ、っすから。
ちゃんとおいらの家まで送って寄こすはずだ、って。」
「なんなんだ?そのけっとしぃ、ってのは?」
ソウビは思い切り眉をひそめた。
「だいたい、枯野に用があるなら、ちゃんと正面から話を通せばいいことだろう?
それをわざわざあんな脅すような真似をして、攫って行くなんて。
それで信じろなんて、どだい、無理な話だろう?」
「いやそれ、おいらに言われましても・・・」
京は軽く肩を竦めた。
「けっとしぃの事情なんて、おいらにも分かりっこないっすよ。
ただ、ここにこれ以上いても、できることはなんにもなさそうだし。
だったら、ここにきた最初の目的を、少しずつでも、進めたほうがいいんじゃないかって。
そう思うんっすけど?」
「・・・琴の、封印か?
けど、それも、枯野がいなけりゃ、できないんだろ?」
「封印自体はね。
けど、もしなにか、それに必要な道具とかあるとしたら?
先にそれを用意しておけば、いざってときに役に立つかもでしょ?」
なるほど、とソウビは腕組みをして考え込んだ。
「・・・確かに、お前さんの言うことにも一理ある。」
しばし考えたソウビはそう結論を出した。
「分かった。海についちゃ、枯野も俺も素人だ。
お前さんの言う通りにしよう。」
「じゃあ、まずはじっちゃんの家に行きましょう。」
京はそそくさと焚火の始末をすると、ソウビとふたりで行くことにした。




