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すっかり夜も更けたころ。
休息も腹ごしらえも十分に整った三人は、海へとむけて宿を出た。
街道は川沿いに、ずっと海にまで続いている。
しかし、こんな夜更けに、街道を行く者の姿はない。
今夜は月もなく、星明りだけでは、真っ暗い街道を歩くのはかなり心許ない。
けれど、宿を出てすぐ、ソウビも枯野も、京に灯りは消すようにと言った。
「ひぇっ?こんな、真っ暗なのに?
灯りを消せって?
それにしても、本当に、行くんっすか?
なんでも夜の街道にゃ、野盗が出るって話しっすけど?」
真っ暗闇のなか、京は不安そうに肩を竦めて言った。
「まあ、俺たちに任せておけって。」
「野盗くらいなら、大丈夫、かな。」
ソウビと枯野はそう言って顔を見合わせてから、ふるふるとからだをふるわせ始めた。
「え?」
白銀色の光に包まれたソウビは白い妖狐に変化する。
枯野は、金色の光のなか、大きな金の狐になった。
「ええっ?
こっちの、白い狐、は、ソウビのダンナ?
んで、こっちの、金の狼は、枯野のダンナ、っすか?」
「狼でなくて、狐、な。」
枯野が言う前にソウビが言ってやった。
「おふたりとも、妖狐族、だったんっすか?」
京は驚いてはいたけれど、恐れたり、嫌悪したりはしていないようだった。
枯野は最後の最後に心の奥底に残っていた不安も、綺麗に消えていくのを感じた。
ソウビもまた、どこかほっとしているようだった。
「まあ、そういうこった。」
「京殿も勇気を出して海人族だということを教えてくれた。
だったら、俺たちも、京殿に隠し事をしていてはいけない、と思った。」
「・・・枯野のダンナ、真面目っすね?」
「それがこいつのいいところだからな。」
へっ、と鼻を鳴らして笑うと、ソウビは枯野のほうへ鼻先をむけた。
「こいつの背に乗りな。」
枯野は乗りやすいようにうずくまってやる。
枯野の背は人間がふたりは乗れるくらいに広かった。
それでも、京は遠慮するように躊躇っていた。
「え?
けど・・・その・・・」
「構わねえ。
お前ひとりくらい乗せたって、こいつの足が鈍ることはねえよ。
てか、ちょっとくらい鈍ってくれたほうが、俺は助かる。」
「京殿、振り落としたりはしないから、安心して乗ってほしい。」
ふたりにそう言われても、京はなかなか、思い切って乗れないようだった。
「いやね、枯野のダンナを疑ってるわけじゃないんっすけど・・・」
「人間が歩いて三日の距離なら、一晩で着いてやるよ。」
「少しでも早く、目的地に辿り着きたいんだ。
京殿、頼む。」
うずくまったまま、枯野は懇願するように何度も頭を下げてみせた。
京はあわててそれを引き止めた。
「え?ちょっ、やめてくださいよ、枯野のダンナ・・・
分かりました。分かりましたよ。乗せていただきます。」
仕方ねえなあ、とひとつ呟くと、京は恐る恐る、枯野の背中に乗った。
いざ乗ってみると、ふかふかした毛皮に包まれて、意外なほど、乗り心地はいい。
首の辺りの毛を、痛くないようにそっと掴むと、足の下から、枯野のくすくす笑うのが聞こえた。
「京殿、くすぐったい。
もっとしっかり掴んでほしい。」
「え?・・・けど・・・」
「大丈夫。
心配しなくても、落としたりしない。」
「いや、そんな心配はしてませんけど・・・」
京は思い切ってからだを倒すと、枯野の首にしがみついた。
枯野は、おお、と嬉しそうに唸った。
「なるほど。そうしてもらえると、走りやすい。
京殿。助かる。」
「けっ。枯野はちょっと走りにくいくらいでちょうどいいんだけどね。」
不満気にそう言ってから、ソウビは付け足した。
「京の道具は、仕方ねえから、背負ってってやるよ。
んじゃ、行くぞ。」
ソウビの合図に枯野はひとつ頷くと、金の矢のように駆けだした。




