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人魚は京の耳に向かって、なにやら話しかけた。
人魚の声は、枯野とソウビには、ルルルルルッ、としか聞こえなかった。
それを、京はちゃんと意味のある言葉として聞き取れたようだった。
「え?なに?
あんた、言葉、話せるんっすか?」
「ルルルルルッ」
「はあ、確かにおいらは、そうっすけど・・・」
「ルルルルルッ」
「はあっ?海?」
「ルルルルルッ」
京と人魚との会話に、恐る恐る、枯野が割り込んだ。
「京殿、貴方は、その付喪神と話しができるのか?」
「あ。はい。
こいつの話しているのは、旧い海人族の言葉に近くて・・・」
「旧い海人族?」
「あ・・・」
京はしまったという顔をした。
そのまま、しばらく迷うように視線を彷徨わせる。
けれど、すぐに、まあいいっか、となにかを振っ切るように枯野たちを見た。
「ダンナはおいらの恩人だし。
恩人に隠し事なんてする必要ないっすよね。
おいら、実は、海人族なんっす。」
そう言って、京は袖をめくりあげた。
そこには不思議な文様が刺青されていた。
「海人族は、部族ごとに刺青する文様が決まっているんっす。
この刺青は、ユラの海にあるトモノ島の海人族の証っす。
っても、おいらの部族は、だいぶ前にてんでばらばらになってるんっすけど。」
「ユラの海?」
その言葉に枯野がひっかかる。
ああ、そうっすよ、と京はあっさり言った。
「そういえば、おいらたちの島の伝説に、でっかい木の話しがあって。
その木を伐って作った舟の名前が、枯野、っつうんっすよね。
だから、おいら、枯野のダンナの名を聞いたときから、他人のような気がしなくって。」
「・・・俺の名の由来は、その舟だと思う。
舟を焼いて、琴にするのだろう?」
「ああ、そうっす。
へえ~、こんな偶然なんて、あるんですね。
って、ててててて・・・」
京の肩に載った人魚は、話しが逸れていくのが気に入らないのか、思い切り京の耳を引っ張った。
「って、ててて、分かった、分かりましたから。
海に連れて行け、って話しっすよね?」
「海に、連れて行け?」
聞き返した枯野に、京は、そうなんっすよ、と頷いた。
「こいつ、いきなり、自分を海へ連れて行けって。
しかし、なんたっておいらたちが、そんな骨折りをしてやらねえといけないのか・・・
って、ててててて。
だーかーらー、耳、引っ張るな、って。」
京は人魚を掴もうとしたが、人魚はするりと京の手から逃げてしまった。
「ったく、この性悪付喪神!」
「ルルルルルッ」
なにやら言い争うふたりを置いて、枯野はソウビを見た。
「海に行けば、何か、あるのかもしれません。」
「海ねえ・・・
しかし、俺は、海ってとこへは、行ったことがねえんだ。
話しには聞くんだけどさ。
今までからきしご縁がなくてね。」
ソウビはあまり気乗りしなさそうにそう返した。
枯野は、うーむ、と考え込んだ。
海へ行ってはいけない。
それは枯野の父が遺した三つの禁忌のひとつだった。
歌を歌ってはならない。
恋をしてはならない。
海に行ってはならない。
けれど、その三つのうち、もう二つは確実に破ってしまっていた。
「・・・京殿は、海にはどうやって行くのか、お分かりか?」
思い切ったように枯野はそう尋ねた。
「はあ。
そりゃあねえ。
おいらのじいさまばあさまは、海の傍に棲んでますし。
おいらもそこにはしょっちゅう・・・」
「そこへ連れて行ってもらえないだろうか。」
真剣な目をして頼み込む枯野に、京は、はあ、と気の抜けたように頷いた。
「そんなことなら、お安い御用っすよ。」
「けっ、行くのかい、本当に?」
ソウビはどこか気乗りしなさそうに、仕方ないねえ、と呟いた。




