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目の眩むような光が収まると、琴の胴の貝殻の真ん中に、ちんまりと小さな人魚の姿があった。
小さいけれど、金色の髪に若草色の目をした、それはそれは美しい人魚だった。
腰から下の鱗は、真珠貝のように七色に光っていた。
「っも、もしかして、あんた、琴の付喪神?っすか?」
恐る恐る尋ねた京に、人魚はにっこりと微笑んで頷いた。
枯野はまん丸い目を京にむけた。
「・・・これは、驚いた。京殿、貴方は、付喪神を呼び出せるのか?」
「いんや、まさか。
おいら、付喪神を信じちゃいましたが、見たのはこれが初めてです。」
京はぶるぶると首を振った。
とそこへ、バタバタとものすごい勢いで走ってくる音がしたと思うと、バタンと戸がこちら側に倒れた。
「おいっ!無事かっ!?」
そう叫びながら現れたのは、ソウビの姿だった。
「あ。ソウビのダンナ?」
「ソウビさ・・・」
振り返ったふたりを確かめてから、ソウビは琴の人魚を見据えた。
「そいつか。今の物凄い妖気の原因は。」
そのまま刀印を結び、呪を唱え始める。
慌てたのは京と枯野だった。
「あ、ちゃちゃちゃちゃちゃ。」
「しょ、しょうびしゃ、ちょ、ま。」
京は人魚を庇うように身を投げ出し、枯野はソウビを引き止めようと前に立ちはだかった。
目の前の視界をすっかり遮る枯野を見据えて、ソウビは低い声で言った。
「・・・邪魔をするな、枯野。」
「いや、待ってください、ソウビさ・・・」
「妖魔は完全復活する前に封じる。
基本中の基本のき、だ。」
「い、いやいやいや。妖魔じゃありませんから。」
「その強い妖気を感じて、妖魔じゃねえとは、よく言った。
てめえ、郷に帰ったら、このソウビさんが、一から鍛え直してやる。」
「い、いやいやいや。落ち着いてください、ソウビさん。」
「お前さんが、妖気に疎いのは承知している。
それにしたって、ここまでの妖気を感じとってねえわけはねえ。」
「これは妖魔じゃありません。」
「妖魔じゃなきゃ、なんだ?」
「こ、琴の付喪神、です。」
「付喪神?お前さん、そんなもん、呼び出せたのか?」
ソウビは刀印を解くと、怪訝そうに枯野を見上げた。
枯野はとりあえずやれやれと息を吐くと、ソウビに説明した。
「俺が呼び出したんじゃありません。
これは、多分、京殿の技だと・・・」
「お前さんの?」
ソウビに睨まれて、京は震えあがった。
「ひぇっ?い、いや、おいらも・・・何がなんだか・・・」
「どういうこった?」
ソウビは説明しろともう一度枯野を見る。
それに枯野も困ったように首を傾げ傾げ、説明しようとした。
「その、京殿が、琴に話しかけた途端、琴から不思議な光が・・・」
「お前さん、お前さんも妖狐の端くれだったら、不思議な光ってぇ、言い草はなかろう?」
「・・・と言っても、俺にはそう言うしか・・・」
「ひょぇっ?へっ?へっ?へへへっ?」
言い争う後ろで、京の奇妙な声がした。
慌てて振り返った枯野は、小さな人魚が、京の腕の上をぴょんぴょん跳んで上っていくのを見た。
「え?」
「うわ。」
思わず我を忘れて人魚のすることを観察してしまう。
人魚は尻尾?を使って器用に京の腕の上を飛び跳ねていく。
みるみるうちに、肩に到達すると、さもそこが自分の居場所だとでも言うように、腰かけた。
「え?ちょっ?
そんなとこで、落ち着くんっすか?」
京は反対側の手で人魚を落ちないように支えてやりながら、首をひねって話しかける。
必死に首をひねっても、近すぎて、自分には人魚はよく見えないようだった。
「懐いてやがる。」
「ですね。」
ふたりの妖狐は呆然と顔を見合わせた。




