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枯野と琴  作者: 村野夜市
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夜がしらじらと明けるころ。

眠っていたソウビは、枯野に交代しようと言った。

それに枯野は首を振る。

ソウビは少しばかり、幼い狐を叱る兄さん狐のような顔になった。


「少しは休まないと、お前さんももたねえぞ?」


「俺は・・・変化を解かずに眠ることができないので・・・」


枯野の告白にソウビは目を丸くした。

仔狐ならともかく、お役目を請けるほどに成長した妖狐が、眠るたびに狐に戻るというのは珍しい。


「今まではお役目も大抵、狐のままこなしていたので・・・」


枯野は気まずそうにそう付け足した。


妖狐族は、郷の外では人の姿を保っていることが多い。

人語を解し、妖力をもつ狐。

そのような存在を、人間は本能的に恐れる。

無用な争いを避けるためにも、正体は知られないにこしたことはない。


「そういえば、昔は俺もそんな感じだったなあ。」


ソウビはぽりぽりと頭を掻いた。


「ウバラに出会ってから、人の姿を取るようになったけどね。

 白い狐を連れた娘、なんて、目立ってしょうがねえからな。」


確かに。一部に熱烈な心棒者の現れそうな絵面だ。

ウバラは黙っていればとびきりの美少女だし、白銀のソウビもまた、美しい。

人の姿をしていても、はっと目を惹く美男美女だけれど、目立ち方はましかもしれない。


「しかし、使い魔たちはともかく、それ以外の人間のいるときに、それはまずいよな?」


今は衝立のむこうに琴音がいる。

変化を解くわけにはいかない状況だ。


「・・・こんなものは、コツさえ掴めば、そう難しいもんでもないと思うけどな?」


「俺はそもそも、妖術全般、あんまり得意じゃなくて・・・。

 むしろ、必要なときだけ、人の姿に変化してたというか・・・。」


「それでもお前さん、瞬間転移とか呪文なしに使えたんだろ?

 それ、できるやつを、妖術の苦手なやつとは言わんけどな。

 ちなみに、俺も、あの術は、なかなか呪文なしには使えねえ。」


「あれは、たまたまというか、偶然というか、奇跡というか・・・。」


「ああ。愛の奇跡だったか。」


揶揄うように言われて、枯野は思い切り渋い顔をした。

それを見て、ソウビは、くくくっ、と喉の奥で笑った。


「しょうがねえな。

 まあ、いいや。

 じゃあ、いっそ狐に戻って寝ちまえ。」


「ええっ?」


思い切り驚く枯野に、またソウビは笑う。


「大丈夫だ。

 ここの連中だけなら、俺がうまいこと言ってごまかしてやるよ。

 それより、休んでおかねえと、いざってときに、動けねえぞ?」


脅すように言われて、枯野は困った顔をした。


「・・・それは・・・俺も、分かります、けど・・・」


ソウビはここぞとばかりにだめ押しをした。


「大丈夫だから。ちょっとだけ、寝ておけ。

 いや、いっそ、枯野は用を足しに郷に帰ったって言っといてやるから。

 しばらくそのまま狐の姿でいたらどうだ?

 そのほうが、体力、温存、できんだろ?」


「それは・・・そう、です、けど・・・」


「大丈夫だ。お前さんには俺がいる。

 そういうときのために、相棒ってのは、いるんだろ?」


「なんか、俺、ソウビさ・・・の世話になってばっかで。

 相棒ってより、面倒かけてる、仔狐みたいです・・・」


「お前、いい加減、ソウビさ、は、やめろっつってんだろ?」


ソウビは肩を竦めて笑いながら、優しい目になった。


「そりゃあ、俺のほうが、お前さんより、少しばっか、年、食ってっからな。

 いいじゃねえか。なんか、俺も、弟ができたみたいで、楽しいからよ。」


ソウビに強く勧められて、枯野も躊躇いながらも、変化を解くことにした。

解いてしまえば、本当に楽だ。

人に例えるなら、髪を結い、化粧をし、ぎゅうぎゅうに帯を締めて整えた晴れ着姿。

その髪を解き、化粧を落とし、着物を脱いで、湯にでも浸かった感じ、といったところか。

ふにゃあと解けた顔になったところを、うっかりソウビに見られて、慌てて顔を整える。

しかし、時、すでに遅しだった。


「お前さん、そんなに気張ってないで、も少し、楽に生きたらどうだ?」


「楽に生きてますよ?多分。」


「まあ、性分ってのは仕方ねえんだろうし。

 俺も、お前のそういうところ、嫌いじゃねえんだけど。」


ソウビは狐になった枯野の頭を、よしよし、と撫でてやった。

枯野はうっとりと目を細める。


そのときだった。


「まあ。大きな犬。いったいどこから?」


犬じゃない、と思わず訂正しかけた枯野の口は、ソウビにぎゅっと掴まれていた。

衝立のむこうから顔をのぞかせていたのは、琴音だった。


「すまねえな。

 こいつ、俺が家で飼ってるやつなんだが・・・

 しばらく帰らないからか、寂しがって、追いかけてきちまったんだ。」


ええっ?と目を丸くする枯野に、しっ、と口に指を当ててみせる。


「まあ。ソウビ様の飼い犬なのですか?」


琴音は恐々と枯野を見ている。

後ろ足で立てば人の背よりも大きい。

ただそれだけのことでも本能的な恐怖は感じるものだ。


「なりは大きいが、大人しくていいやつだ。

 噛んだりしないから、もそっと傍に来てもいいぞ?」


ソウビに言われて、琴音は恐る恐る近づいてきた。

ソウビは枯野の顔をわざとくちゃくちゃになるように撫でまわした。

もちろん、枯野は抵抗などせず、されるがままだ。

それを見て安心したのか、琴音は、すぐ近く、手の触れる距離まで寄ってきた。


「ちょっと狐みたいだろ?

 もしかしたら、狐の血も入ってんのかもしれん。」


また適当なことを。

恨めしそうに見つめる枯野に、ソウビはとびきりの笑顔をむけた。


「おお、よしよし。いい子だ。

 あんたも撫でてみるかい?」


えっ?ちょっ?


焦る枯野をよそに、琴音はにこにこと手を出した。


「まあ、可愛い。

 ふかふかですね?

 気持ちいい手触り。」


枯野が大人しくしているので、琴音はだんだん大胆になる。

枯野の首をぎゅっと抱きしめると、すりすりと頬を摺り寄せた。


「まあ、あったかい。

 しあわせ~。」


枯野はすべての思考が停止したらしく、目を見張って凍り付いている。

その様子に、ソウビはくくくっ、と肩をゆすって笑った。


「・・・そのくらいにしてやってくれ。

 こいつの寿命が縮まる前に。」


見かねてソウビがそう言うと、琴音は、まあ、すみません、と慌てて枯野から手を離した。


「ごめんなさいね。わんちゃんには、窮屈だったわね?」


謝りながらも頭を撫でるのをやめようとしない。


「犬は、好きなのかい?」


苦笑したソウビに尋ねられて、嬉しそうに答えた。


「ええ、とっても。

 それに、この子・・・」


琴音はなにか思いついたように、枯野の顔を覗きこんだ。

至近距離で目が合って、枯野はまた凍り付く。


「昔、会ったことがある気がします。

 あのときは、もっと小さかったけど・・・

 ええと、このくらい?」


琴音は大きさを手で示してから、もう一度、枯野を覗き込んだ。


「けど、やっぱり、違う、かな?

 あれは狐さんだったし・・・」


「へえ~。それはこいつかもしれねえな。

 こいつ、仔犬のころは、もっと狐っぽかったんだ。」


分かっていて、ソウビはわざと言う。

ソウビを見る枯野の目は、恨めし気になっていく。


「へえ~、そうなんだ。

 ねえ?あのときの狐さんは、君だったの?

 なあんて、覚えてるわけ、ないか。」


ソウビの真似をするように枯野の顔をくちゃくちゃにして、琴音は笑いかけた。

思わず、覚えてます!と枯野が言いだす前に、ソウビは急いで言った。


「こいつは受けた恩は忘れねえからな。

 って、ああ、いや、うん。

 きっと、覚えてる、んじゃねえ、かな?」


命を救われた恩人なのだ、という話は、枯野は親しくなった相手にはみな、話している。

だから、琴音を助けるのだという、言い訳をするためであるけれど。

しかし、どうして恩を受けたと知っているんだ、と琴音に尋ねられてはまずい。

ソウビはしどろもどろになりつつ誤魔化した。

枯野はそんなソウビをますます恨めしそうに見上げた。

けれど、琴音は、ソウビの慌てた理由には気づかなかったようだった。


「そっか。

 君はあのときの子か。

 無事に大きくなってくれてよかったよ。」


琴音はそう言いながら、枯野の頭を優しく撫でた。

枯野は、その琴音の手に鼻を寄せて、ぺろり、となめた。


「ふふふ。くすぐったい。」


琴音は楽しそうに笑う。


「ねえ、もしかして、ずっと、花を届けてくれた?

 って、そんなわけ、ないっか。」


独り言のように呟く琴音に、枯野は思わず答えたくなったけれど、なんとか知らぬ顔を貫いた。

琴音は大きな枯野にもたれかかる。

枯野はじっと動かずに、ただ、そのまま目を閉じた。


そんなふたりに、ソウビは小さく笑ってから、さて、と腰を上げた。


「琴音さん、そのわんこ、しばらく見ていてもらえねえか?

 代わりに見世の仕事、やっとくから。」


「え?でもそれは・・・」


「じゃあな。頼んだからな。」


ソウビはそう言って手を上げると、そそくさと行ってしまった。






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