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椿と山茶花は老爺に饅頭をいくつか作ってもらって出かけていった。
半刻ほどして戻ってきたふたりは、表通りの見世の禿たちに話を聞き込んできていた。
曰く、問題のその妓は、気のあるふりをしては、いろいろな客から金子を巻き上げているらしい。
しぼれるだけしぼってから、もう取れないとなると、そっけなく袖にするという。
見世一番の売れっ子だけれど、そのつれなさを恨む客も多いようだった。
「しかし、この程度のことは、花街にはよくあることだがの。」
「それを分かって遊べるお人はまだしも、本気になって入れ込んだ客も多いようです。」
「家屋敷抵当に入れ、一家離散した客もいるそうじゃ。」
「刃傷沙汰に及んだことも、一度や二度ではないとか。
しかし、それがまた、妓の評判を高めたというのですから、花街の理とは分からないもの。」
同じ間に、ソウビもまた、どこかで話を聞き込んできていた。
「郷に願い出た願い主ってのは、そこそこ大きな商家の三代目なんだと。
親に隠れて借財を重ね、妓に貢いでいたようだが、ばれて勘当されたらしい。」
「かんど~されたらし~。」
「行く当てもなく、生きていく方策もなく、行き倒れ同然のところを拾われたそうだ。
今は長屋の差配に世話になりながら、細々と暮らしている。
まあ、苦労知らずの坊ちゃんには、いい薬じゃないかとも思うけどね。」
「おもうけどね~。」
椿と山茶花は顔を見合わせてため息を吐いた。
「どっちもどっちの話じゃのう。」
「案の定と申しますか、なんと申しますか。」
「そいつが、なけなしの小銭を賽銭に入れて、稲荷神社に詣でたんだと。」
「も~でた~と~。」
「でもって、その実家の商家が、家の敷地に、稲荷大明神の祠を作って祀っているような家でね。
郷としても、知らん顔はできない、ということらしい。」
「ことらしい~。」
円くなって相談していた一同、同時にため息を吐いた。
「放っておけ。よい薬じゃ。」
「実家も、いずれ許して、家に戻してやるおつもりでしょう。」
「花街の妓に金儲けをするなとは言えぬ。」
「嘘もあだ花の世界で、それを責めることもできませんし。」
椿と山茶花は早々に手を引きたそうだ。
「放っておきたいのは俺だってやまやまだ。
くっそ、じじいのやつ、面倒なお役目を持ち込みやがって。」
「やがって~。」
嬉しそうににこにこしているのはウバラだけだった。
「・・・その妓、どうしてそのように金子を必要としているのでしょう?」
ぼそり、とそう言ったのは、枯野だった。
「金が好きなんだろ?」
面倒臭そうに言い切るソウビを椿が遮った。
「里に多く仕送りをしておる、とか言っておったかの。」
「その妓の里はどこなんですか?」
「確か、ここから半日ほどのところにある村だと。」
山茶花はその場所を枯野に教えた。
場所を聞くなり、枯野は腰を上げた。
「俺、ちょっと、そこ、行ってきます。」
「今からか?」
「からか~?」
ソウビが目を丸くする。
「これから行けば、着くのは、夜中になるぞ?」
「よなかだぞ~。」
「俺、足には自信ありますから。
夜には戻ります。」
なにせ夜には琴音との約束がある。
というところは、黙っておいた。
引き止める暇のあらばこそ、
枯野は素早く立ち去っていた。




