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枯野と琴音とが話していたちょうどその頃。
見世の裏で、枯野のふたりの使い魔とソウビとはひそひそと話をしていた。
「あれが、その妖物か。
なるほど、びんびん、きやがる。」
ソウビは顔をしかめてそう言った。
「悪い気ではなかろう。」
「けれど、強すぎる気なのは間違いありません。」
ふたりの使い魔たちはそう頷いた。
「じじいが、郷の先見に占わせたところ、あれはそのままにしておくとまずいと言われたらしい。」
「わざわざ先見に聞かずとも、まずいことなど、わしらとてお見通しじゃ。」
「だからこそ、ここにこうしておりますのに。」
ふたりは何をいまさら、という顔をしてソウビを見た。
「壊すことも、封じることも不可能。」
「残された道は、制御する方策を探すことのみ。」
「もしもそれに失敗すれば・・・」
「滅びるのは、我らの郷だけでは済みませぬ。」
使い魔たちは深刻そうに顔を見合わせた。
「答えがそれしかないってなら、むしろ簡単だ。」
あっさり言い切ってソウビは鼻を鳴らした。
「それに、今のところ、あの妖物はうまく鎮まっているんだろ?」
「今のところは、の。」
「ただ、それもいつまでもつのか、正直分からないのです。」
使い魔たちは気づかわし気に眉を顰める。
「もしかしたら、永遠にもつ、かもしれない。」
「だといいが・・・」
「希望的観測に期待して、何もしないというわけにもいきません。」
ふたりは深刻そうに首を振ると、小さくため息を吐いた。
「まあ、それはそうだな。」
ソウビはあっさりと同意した。
「今後、俺は、枯野と行動を共にする。
あの妖物の制御の鍵となるのは、枯野だろうしな。」
「それは助かる。」
「わたしたちも、あの子のことはいつも気がかりでなりませんから。」
ふたりはほっとしたような笑顔になった。
「ここにはウバラを置いて行ってやる。」
けれど、ソウビがそう言うなり、怪訝な顔になった。
「あの小童をか?」
「あの子は、あなたの使い魔なのでしょう?
お連れになったほうがよろしいのでは?」
ソウビはにやりと笑うと、ふたりに向かって言った。
「あいつを見くびるんじゃねえ。
あれは、れっきとした俺の使い魔だ。
ちゃんと、一人前の働きはする。
俗世に濁ったやつの目にはウバラの行動は奇異に映るかもしれねえ。
けど、それにはいつもちゃんとした理由があるんだ。
ウバラの生きている世界の理は、俺たちのとはちょっと違っている。
けど、やつもちゃんと、その世界の理に則って生きている。
まあ、俗世に染まりきって頭の固くなったお前さんらに、理解は難しいかもしれんがね。」
最後に付け足した余計な一言に、使い魔たちはむっとした顔になった。
「ふん。年寄りだと言いたいのか?」
「花の世界の理なら、あなたに言われずとも、分かっております。」
ふたりは心外そうに、つん、とあごをそらせた。
「昔から、茨と言えば、守りの要じゃ。」
「大切なものを守り抜く。
それがあの子の本性だと言いたいのでしょう?」
「流石、郷の長老より古い古木の精霊、よくご存知だ。」
からかうように言うソウビを使い魔たちはちらりと睨む。
そのふたりに、ソウビは、少しばかり真面目な目をして言った。
「俺としては、ここの安全だけは確保したい。
あんたたちを信用してないわけじゃない。
ただ、念には念を、だ。」
ふたりは目を丸くして、顔を見合わせ、それから、参った、というように笑った。
「これは一本取られたかの。」
「確かに、ここの安全が盤石であれば、あなた方も安心して働けるというわけですね?」
山茶花に念を押されて、今度はソウビが苦笑した。
「まあ、そういうことだな。
そのついでに、ウバラに多少は、俗世の習いを仕込んでやってもらえると、助かる。
あいつのいいところを損なわない程度に、な。」
「あい、承知した。」
「大丈夫。あの子は素直ないい子です。
それを損なうようなことはいたしません。」
ふたりの使い魔たちも請け合って頷いた。




